第4話 第二部隊

 こんなの、言われていたのと違う。

 違うというか、想定していなかっただけ。

 つまり、自分で勝手に思い違いをしていただけ。

 そう考えると、聖弥は素直に納得した。



 そしてその理由を考えながら拠点に帰り、早速來夢に話を聞きに行った。



「おかえり、聖弥。どうだった?」

「來夢、ちょっと話がある」

「何?」


 それから一旦聖弥の部屋に移動して、話を再開させる。


「來夢さ、仕事受ける気ないの?」

「えっ?」

「さっきボスから聞いた。ボスでも説得できなかったって」

「それは……」


 心当たりはあるようだ。


「何で? 受けないなら、私がいる意味もないでしょ?」

「それは、その……」

「理由があるなら説明して」

「うん……」


 來夢は真剣で悲しげな表情をして、話し始める。聖弥にも理由の心当たりはある。


「四年前、当時の第二部隊には八人のメンバーがいた。それでも少ない方だったけど、その頃は普通に仕事を受けていた」


 やっぱりその時のことか……と聖弥が予想していた内容と一致しているようだった。


 軍事組織の部隊の人数は平均して十人強。多くて三十人ほど。今もそうだが、当時の第二部隊も少ない。


「ある日、僕たちはいつも通り仕事で街の外に出た。相変わらず魔法使いへの当たりは強かったけど、それにも慣れてきて、僕なりに戦力になれていると実感できてきた頃だった」


 四年前となると、來夢は十二歳。確かにやっと魔法使いとして使い物になる頃だ。


「その日の仕事は、当時は有名だった魔法犯罪集団『ジャック・ナイト』が起こした立てこもり事件の対応だった」


 国内で有名な魔法犯罪集団・組織はいくつかあるが、四年前なら『ジャック・ナイト』は三本の指に入るくらいだったと聖弥は記憶している。


「規模が小さかったから、僕たちでも問題なく対応できたと思った。でも、そんな小さな事件を『ジャック・ナイト』が起こすはずがなかった。……本当は、もっと大きな、絶対に僕たちだけじゃどうにもならない事件だった」


 來夢は少し苦しそうだった。それでも話を続ける。


「……その場にいた人間が全員死んで、その町もなくなるほどの大きな魔法が発動した。自分たちだけでも、その魔法からは逃げた。でも、奴らから逃げ隠れることはできなかった。一人、また一人と『ジャック・ナイト』の魔法使いに殺された……って、後から知った。その時は、『ここは自分に任せろ』って。そうやってどんどん人が減っていった。そして最後に残ったのは僕だけだった」


 ここは任せて先に行け。かっこいい言葉だが、それを言わなければならない状況で生き残る確率はそう高くない。そうなるくらいなら、全員で反転するべきだ。理論上はそうだが、そう考えられる状況ではなく、そこで微かな希望というか妄想に手を伸ばした。


「最後は町の展望台。そこが僕の死に場所だと思った。戦うこともなく、展望台が崩れ落ち、押しつぶされた瓦礫の隙間から、奴らと共に去っていく仲間の姿を見た。すぐに気づいた。裏切られたんだなって」


 八人の中に裏切者がいた。そいつがずっと部隊の動きを報告し、おそらく逃走ルートも誘導していたのだろう。そして打ち合わせ通りに一人ずつ殺した。『ジャック・ナイト』も考えたものだ。


「正直死んだと思った。でも、気づいたらこの街に戻ってきていた。大怪我はしたけど、まだ生きていられた。それはよかったけど、仲間は全員死んだ。仲間の遺体も見た。たとえ魔法使いとして戦える能力がまだあったとしても、もう怖くて外に出られない。自分が死ぬかもしれない。仲間が残した乃愛と輝星が死ぬのも耐えられない」


 だから現場には出たくない。そういうことみたいだ。


 滅多にないイレギュラーなことが重なった、不幸な事件だ。『ジャック・ナイト』がこんな小さい事件を起こすはずがないという警戒を怠った司令部、どこから湧いたかわからない裏切者。それを見てトラウマを抱えた來夢。無理もない。だからボスも無理に出そうとしなかったのだろうと納得がいった。


「乃愛と輝星は死んだ仲間の妹で、他に行く場所もないからここで引き取った。今は二人が大きくなるまで見守りたい。ただそれだけ」


 雰囲気を壊すようだが、大体聖弥が予想していた通りだった。だからすんなりと理解できた。


「來夢の想いは理解できた。抱えたトラウマも。でも、二人が大きくなった時に、暮らしていけないと意味がない」

「それはそうだけど……僕は二人を失いたくない。二人を守りながら戦うことなんてできないし」

「二人は戦えないわけじゃないでしょ?」


 事前に見てきたデータベースによると、二人とも同じ年齢の平均以上に成績はよかった。


「もう守って貰うだけの子供じゃない。わかってる?」


 二十歳が平均寿命のこの街で、十歳の二人はもう子供ではない。


 十歳から外の街の仕事に出ることができて、一人で暮らすこともできるようになる。十歳くらいになると、ほとんどが親を亡くす。システムがどうであれ、大人にならなければならない年代になってくる。


 だから、もう子供じゃない。というのがこの街の一般論だ。


「……わかってる。でも、僕はもう、人を殺すのも、仲間を失うのも怖い。街の外に出るのが怖い」

「お前のそんな気持ちで、二人の人生を壊すのか?」


 怖い怖いとしか言わない來夢に、聖弥もスイッチが入る。


「だって……! ただでさえ魔法使いに殺されかけるのに、守った人間にも殺されかける。正当防衛をしても、僕たちは死刑みたいな扱いを受けて、その人間は英雄扱い。そんな奴らのために、そんな世界のために、やってられるかよ……!」


 それは事実だ。実際に人間に殺された魔法使いも多い。だからこうやって一つの街に集まって暮らすしかない。そんな現状だから、街の外で潜んでいる魔法使いたちが反乱を起こしている。そしてそれを街の魔法使いが対処しにいって、お互いにダメージを負う。負のループだ。


 その結果、人間だけが得をする。不服に思う気持ちは魔法使いなら誰でも理解できる。


「それはわかるけど……私たちがやらないと、この街自体が無くなりかねない」


 この街が守られているのは、人間のために魔法を行使しているからだ。だから、この街が存続するために一部の魔法使いが外に出ないといけないし、同じように外に出る下の世代を育てないといけない。


「そんな上の奴らと同じこと言って……外での緊張感も苦しさも知らない王族にはわかんないよ……!!」


 そう言われて、聖弥は少し黙る。少し俯き、ため息を吐いて、少し呆れたような空気を出す。


「お前こそ中央のこと何も知らずに言ってんじゃねえよ。中央は毎日暴言なんて当たり前な中外の奴らと仕事して、兄さんは特にデリカシーのない老害相手にこの街を守ってる!」


 口が悪くなるのは仕方ないこととして、聖弥はそう反論した。


「あと、私が外でやったことないわけがないでしょ。そんな奴が派遣されるわけがない」


 來夢は反論できなかった。來夢自身も中央のことを知らず、聖弥が街の外でのことを知らないはずがないことに納得してしまったからだ。


「私が街の外でなんて呼ばれてるか、知ってる?」


 來夢は知らなさそうな顔をする。


「『史上最悪の悪魔』だよ」

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