第4話 Bigになりたい(物理)


 僕たちは筋トレエリアに歩いてきた。目の前には存在感がある巨大な黒いゲージがあり、バーベルがついている。隣に立っている駿が、僕に向かって言った。


「これはパワーラックって言うんだ。今日はこれを使ってBig3をやってみよう」


「Big3って…確かスクワットとかのことだったよね?」


 前日、ネットで勉強した情報が脳裏に蘇った。


「そうだ。スクワット、ベンチプレス、デッドリフトの3つだ。これをやると全身の筋肉を鍛えることができる。最初は難しいかもしれないけど、大丈夫、俺が教えるから」


「了解! やってみるよ」


「まずはベンチプレスからスタートだ。ベンチの上に寝て、バーベルの位置を確認しよう」


 言われるがまま、ベンチに横になる。バーベルのバーを確認すると、駿が教える通りにバーベルのバーが鼻の前に来るように調整して、バーを握る。


「いいね、位置とグリップはバッチリだ。首が長くなるように肩を落として…じゃあ、バーベルを一度持ち上げて、下げてみよう」


 僕は、バーベルを慎重にフックから外して、下げてみる。バーだけなのに意外と重い。


「バーだけで20kgある。バーは乳首に向かって降ろしていくんだ。いいね、それでいい」


 僕が5回バーベルを挙げるごとに、駿は少しずつ重りを増やしていく。70kgを超えてくると、バーベルを挙げるのが難しくなってきた。もう限界になったところで、駿はバーベルを持ち上げて補助をする。


「いいぞ、はじめてで70kgなら十分だ。あと3回、あと2回、あと1回、あと3回」


 駿のどう考えても失敗しているカウントダウンに、僕は笑う余裕もなく、限界までバーベルを挙げる。


「おー、いい感じじゃん!じゃぁ3分休憩したら次のセットな」


 僕は疲れて動かなくなった腕を見て、筋トレがまだ始まったばかりだということを思い知った。


 ◆◆◆


「もう…動けない…」


 僕はストレッチエリアで大の字になっていると、駿と葵が笑いながら近づいてきた。


 あれから僕はスクワットとデッドリフトもやった。今日はフォームを重視すると言われていたが、それでも本気でやったので疲れ果ててしまった。


「初日なのにがんばりましたねー、はじめての筋トレであんなに高重量を扱えるのはすごいですよ!」


 葵も筋トレが終わった後のようだ。タオルで自分の汗を拭きながら、僕のことを褒めてくれる。体のラインがでるウェアに着替えた彼女は、とても魅力的に見える。ちょっと照れてしまう。


「そうだよ、初日から70kgはすごいよ。オレが70kg挙げたのは結構経ってからだったよ」


 駿も僕を褒めてくれる。そういう駿は120kgを軽々と挙げていたし、150kgを挙げているガチムチもいた。このガチムチたちはどれだけ筋トレを続けてきたんだろう。


「でも、これからが本番だよ。筋トレは続けることが大事だからね。これから順々にいろんなことを学んで、やっていこう」


 駿は僕に言う。僕は彼の言葉を信じて、ジムの入会届けを書いて、ジムを出た。


「たぶん涼くんは明日は動けないと思うなー、また月曜日に会おうねー」


 意地悪そうな表情で葵が言う。明日はどれだけひどい筋肉痛が来るんだろうか。

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