第4話

 長いトンネルを抜け、矢印の方向に車を走らせると、道はどんどん細く険しくなり、うねうねとしたカーブが続く。だんだん建物が少なくなり、民家もまばらになってきた。峠を越え、下り坂になるとちらほらと出てくる集落も廃屋が目立つ。

 目指す場所も近い。峠を下りきると急に道が開け、道路の左右に休耕地が広がる。かなりの広さだが今はもう耕す人もいないのだろう、ほとんど荒地と言っていい有様だった。

 ミラーで後方を確認しスピードを落とす。俺以外には誰もいない。

 やがて、左手前方に、立派な石垣に囲まれた建物が見えてきた。石垣は数十メートルに渡って続いていて、個人の家だとしたらかなりの豪邸だ。ゆっくりと進んでいくと、石垣の端に黒いバイクが停まっている。どこかで見たような気もしたが、思い出せなかった。

 バイクを横目に通り過ぎると中ほどに石畳の階段が見える。

 どうやらここが玄関口のようだ。

「豪邸と言うよりお屋敷と呼んだ方がしっくりくるな」

 そう呟いて車を降り、階段を見上げた俺は、思わずギョッとして身をのけぞらせた。

 ヘルメットからライダースーツ、ブーツに至るまで全身黒づくめの男の背中。

 見るからに怪しいその男はかなり大柄で、スーツの上からでも筋肉が盛り上がり、腕の太さがわかる。かなり力もありそうだ。

 男は俺に気づくとこちらを振り返り、ゆっくりと近づいて来る。

 思わず身構える。飲み込む唾の音が自分でも聞こえた。

 コイツか?俺をここまで誘い出したのは。いったい何がしたい?理由は何だ?返答次第ではただじゃすまさないぞ。

 大学時代に空手をかじっていたので腕っぷしなら多少自信はある。襲いかかってきたらこっちも力づくでいくだけだ。

 俺も男を見据え、睨むようにして階段を一段ずつ昇る。

 しかし、男から出てきたのは意外な言葉だった。

「ああ、助かった。このお宅の方ですか?」

 近づいてきた男はフルフェイスのシールドを上げると、心底ホッとしたように話しかけてきた。目しか見えていないので顔はよくわからないが、完全に敵視していたので面食らってしまい言葉が出てこない。

「あ、いや怪しいもんじゃないんです。ただのツーリングしてた者です」

 こちらが訝しんでいると思ったのか、男は手を横に振って、そう弁解した。

 ここで俺がこの家の者じゃないと否定すれば、かえってこっちが怪しまれる。

 俺は一瞬たじろいだが、すぐに機転を利かしてこう答えた。

「ええ、そうですが。何か?」

 すると男は申し訳なさそうな声をだした。

「あの、すみませんが、お電話をお借りできないでしょうか。バイクの調子が悪くなってしまって。スマホの充電は切れるし、踏んだり蹴ったりですよ。ここら辺、民家もなかなか無いものだから困ってて。先ほどインターフォンを鳴らしたんですが、誰も出てこられなかったので途方に暮れてまして」

 なんだそういう事か。全く間の悪い奴だ。

 しかし男の話を聞く限りこの家は留守のようだ。という事は、俺をここまで誘導してきた「誰か」はこの家の者ではないのだろうか。

 だが、この男を中に入れる訳にもいかないし、どうしたものだろう。しばらく考えたが、ここはしょうがない。まさか盗んで走り去りはしないだろうし、俺は苦肉の策に出た。

「家の電話はあいにく今調子が悪いので、良かったら、このスマホ使って下さい」

「え?いいんですか?助かります。通話料はお支払しますので。ああ、本当に助かった」

 何度も頭を下げ、すぐにお返ししますと言いながら、男はバイクに向かって走っていった。

 気を取り直して階段を昇り、玄関に向かう。建物の大きさに反して扉は簡素な引き戸造りで、外から見る限り屋敷は静まりかえり人の気配はない。念のため戸の横に取り付けられたインターフォンを鳴らしてみると、かなり大きい音が屋敷に響いた。男に聞かれなかっただろうかと気になったが距離もあるし大丈夫だろう。

 インターフォンにはやはり反応は無い。よし、と思い直した時にあっと気が付いた。そういえば、鍵を持ってきていない。鍵どころか軍手と皿もだ。慌てて車に取りに戻る。ちらっと男に目をやると、ちょうど通話しながらこちらを向いていた。

「あのー、スマホは終わったら車のフロントガラスにでも置いといてくださーい」

 咄嗟に出たが、うまく誤魔化せただろうか。男はスマホを手で押さえ、軽く頭を下げるとまた通話に戻った

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