第2話
暑くもなく寒くもない絶好のドライブ日和。後ろから来た黒いバイクが手を上げて追い越していく。スピードに乗って文字通り風のように走り去ったバイクの後を、目指す赤印で囲まれた建物を見落とさないように、地図を横目にのろのろと進む。
田舎の県道は広く、見通しも良いが、事故でも起こそうものなら部長に何を言われるかわからない。なるべくスピードを落とし安全運転を心がけて進む。
地図に記された、赤い丸で囲まれた近くの工務店という文字を頼りにしばらく進むと、前方に工務店の看板が見えた。看板はあるが、店舗らしきものはシャッターが閉じられ、店のそこかしこに雑草が覆い茂っている。どうやらここも、もう廃業しているようだ。
少し手前の、やや広くなった路肩に車を停める。赤く印された地点はおそらくこの辺りだ。
ここが工務店、少し進んだ先に小屋が見える。畑の道路側の端にある木造の小屋だ。
一体いつ建てられたのかもわからないぐらいボロボロに廃れた木の壁にはびっしりと蔦が巻き付いていた。側面に張りつけられた看板は、電話番号の買い取り業者の物のようだが錆と汚れで赤茶色に変色し、ほとんど文字も読めない。
もう一度地図と照らし合わせてみるが位置的にここで間違いないだろう。しばらく小屋を眺め、ぐるっと一周してみると裏手にあった出入り口に大きな南京錠が架けられている。
「ひょっとしてこの鍵か?」
勝手に入っては不法侵入だなとしばらく思案したが、人気も無いし、どうせここも廃屋だ。持ち主もいるかいないか分からないだろうし思い切って入ってみることにした。
南京錠を手に取り、ペットボトルに張り付けてあった鍵を差し込んでみる。
違った。違うどころか全く入らない。そもそも鍵と鍵穴の大きさが違うのだ。
と思ったら錠が外れた。正確に言うと錠は最初から外れていたようだ。拍子抜けして鍵をポケットにしまい込み、小屋の扉に手を掛けた。
押してみると木と木が擦れる音がして、少し斜めに扉が開く。このまま外れてしまうのではと心配したが、大人がひとり入れるぐらいの隙間ができたところで扉は止まった。
薄暗い小屋の中のカビ臭さに鼻をつまみながら、身をよじらせて中に入り込む。
屋内は外から見るよりも広く感じたが、所々床が抜け落ち、土の塊があちこちに落ちている。おそらく農具でも収納していたのだろうが、道具を掛けておく場所には何も無く、色あせた薄水色のカゴが2つ置かれたままで中身は空だった。
他には何も見当たらない。地図を見誤ったかとも思ったが、何度見返してもここ以外はありえない。
「やっぱり悪戯かよ」
帰ろうと振り返った時、使い古した軍手が一組、扉の内側の隙間に無理やり挟み込まれ、袖口には紙がねじ込まれているのが見えた。
もしやと思い、軍手ごと強引に、扉からむしり取るようにして紙を取り出す。
やっぱりだ。また住宅地図に矢印と丸印が書き込まれている。今度は北東の方向に進めということらしい。
「これは……ただの悪戯じゃないぞ」
この場所にいったい何があるのか、もう気になって仕方がない。気持ちがはやり、扉を開く手もわずかに震えいていた。
車内に戻ると置きっぱなしにしていたスマートフォンの画面が点滅している。見ると部長からの着信履歴。画面には8件と表示されている。まったく、こっちは休日だと言うのに。
そう思いながらも架けなおさずを得ないのが社畜のツラいところだ。
「おう、俺だ」
ワンコールですぐに出た。待ち構えていたのかもしれない。
「すみません、出先だったもので」
「出先?お前俺の話聞いてたのか!今日はおとなしく家にいろって言っただろ!」
さっそく怒鳴ってくる。クソ!録音しておけばよかった。
「まあ、いい。それより明日の資料で気になるとこがある。すぐにメールで送ってくれ」
「明日の資料ですか。家には3時には戻れるかと思いますので、帰り次第すぐに」
「3時?お前いったい今どこにいるんだ!なぜ上司の言う事が聞けない!手塩にかけて育ててやって、少しは使えるようになってきたかと思えばすぐこれだ。だからお前はいつまでたってもゆとりから抜け出せないんだよ!」
キレて言い返したい気持ちをぐっとこらえて黙って耐える。
「いいか、明日のプレゼンはな、もちろん我が社にとっても重要だが、お前にとっても重要なんだよ。その事をもっと真剣に考えてみろ。この半年、お前にとってはつらかっただろうが、箸にも棒にもかからなかったお前を、俺は社会人としてどこに出しても恥ずかしくないように鍛え上げたつもりだ。成長した姿を見せろとまでは言わん。だが少なくとも、後先考えずに動くのはやめてもっと地に足をつけてみろ」
「……わかりました」
そう返事をして電話を切ったが、言いたい放題言いやがって。いったい何様のつもりなのか。こっちは今それどころじゃないのだ。休日に何をしようが俺の勝手じゃないか!
すこぶる気分が悪くなる。切り替えよう、そう思い直しても無理だった。考えれば考えるほど腹が立つ。ギアをドライブに入れると一気に加速させ、タイヤを鳴かせながら矢印が示す場所に車を走らせる。
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