末路

@zawa-ryu

第1話

 人生には時として奇妙な事が起こり、その妙が吉なのか凶なのか、それを人が理解するのは、全てが終わった後である。


 十月最初の連休、世間は三連休のようだが休みが取れたのは最終日の日曜だった。

 四月の配置転換で、あの上司の下で働くようになってからというもの、土日祝もお構いなしで出勤を強いられる。そのぶん平日に代理休暇を申請しているが、当然の権利だと言うのにそれだっていい顔はしない。

 いまどき珍しい時代遅れのパワハラ思考で、体育会系の俺様部長。

 今日はそんな上司から課される膨大な量の仕事を何とか捌き、散々嫌味を言われながら手に入れた休日。しかし週明け、つまり明日にはもう大事なプレゼンテーションが待っている。

 部長曰く社運を賭けたプロジェクト。月曜に備えて体調を整えておけと言われたが休日の過ごし方まで指図されたのでは堪ったものじゃない。

 日頃のタイトスケジュールで疲弊した身体に癒しを求めて、目的地も決めず、車でふらっと訪れたのは隣県にある名前も聞いたことのない山奥の村。紅葉にはまだ早いが、山深い森の遥か上空にはいわし雲が懸かり、開け放した窓から入る風が心地よくシャツを揺らす。

 軽快にステアリングを操りアクセルを踏み加速させる。スピードを上げ、流れていく景観を楽しみながらも、頭に浮かぶのはあのクソ部長の事だ。

 確かに俺のミスで部長に迷惑をかけているのは認めるし、仕事が御眼鏡にかなっていないというのもわかるが、何かにつけて、「ゆとりはこれだから」と蔑まれるのは納得がいかない。

 もっと真剣に仕事に向き合えだとか、権利を主張する前にいっぱしの仕事をしてみろだとか、口を開けばハラスメントのオンパレードだ。そのうち証拠を集めて訴えてやろうかと思う。

 いかんいかん。せっかくの休日にまで、あんな奴の事なんか考えるだけ損だ。時計に目をやると、走り出してはや二時間。前方にドライブインの看板が見えてきた。少し休憩でもいれよう。


 思い切り背中を伸ばすと背骨がボキボキと気持ち良い音をたてる。だだっ広く人気のない駐車場に吹く風は、もうすっかり秋の気配だ。

 ……来てよかった。仕事で溜まった日頃の鬱憤を晴らすには、ただ無心でハンドルを握りドライブを楽しむのが一番だ。

 なんとなく目についた自動販売機で何か飲もうかと、財布から小銭を掻き集める。

 何の気なしに選んだ缶コーヒーは、ガジャンとは言わず何か柔らかい物にぶつかったような、間の抜けた音をたてて落ちてきた。

 なんだ?首をかしげながら、取り出し口を覗くとブラックコーヒーの下に、ペットボトルが見える。取り出してみると中身は空っぽで、ラベルの代わりにコピー用紙のようなものが巻かれ、底にはセロハンテープで鍵が張り付けられていた。

「何だこれ?」

 誰かの悪戯にしては気味が悪い。店に文句を言おうかと思ったが、ドライブインと言っても錆びて朽ちた看板があるだけで、飲食店はとっくの昔に廃業しているようで廃墟と化している。

 他には自動販売機が数台と公衆便所があるだけ。辺りを見渡しても人気は無い。

 おそるおそる巻かれた紙をはがしてみる。

 どうやら地図のコピーのようで、よくよく見るとこの辺りの住宅地図らしい。このドライブインから青いインクで矢印が引かれ、矢印の先、少し離れた場所に赤いインクで丸が記されている。

「ここへ向かえってことか?」

 もう一度周囲をきょろきょろと見渡すがやはり誰もいない。

 さて、どうするべきか。

 普通に考えれば、まあスルーすればいいだろう。そう、こんな訳のわからない事に首を突っ込んだらロクなことは無い。

 だが、頭でわかっていても性格上、好奇心が勝ってしまう。昔から、怖がりのくせに心霊系やオカルトの類のテレビ番組が大好きで、布団を頭からすっぽりかぶっては薄目で覗き見て夜眠れなくなり後悔したものだった。

 ただの悪戯だったとしても、気になったら後先考えずに確かめずにはいられない俺は、キーを回すと矢印が示す先、西の方向に車を走らせた。

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