第29話 湿気た陥穽

 エルデバインは光に包まれ、我が神の糧に変わる。残された俺は珍妙な銃を手に、小さくため息をいた。


「なんなんだよ、これは……」


 俺が三階層に来たのは、ついさっきだったはずなんだがな。いま見せられた記憶はなんだ。あれは、いつ起きたことなんだ。そもそも、本当に起きたことなのか?


 考えたところで、わかるわけがない。手にした銃から漂う発射して間もない硝煙の匂い。冷めかけた金属の温もりは、嫌でもそれが現実だと教えてくる。


 そのとき、首の後ろにチリチリするような感覚があった。殺気か。ゲートの方向から、なにかが接近してくる。二階層からの侵入者。だとしたら間違いなく、俺を追って着た黒装束の連中だろう。

 接近は感じるものの、姿も気配も物音もしない。奴らが精鋭だというのもあるが、おそらく隠蔽魔法も掛けられている。俺が一度は殺した魔導師が、いまは蘇っているからな。

 俺は新しく手に入れた銃で戦いに備える。


「……とはいえ、こいつかよ……」


 クリス・ヴェクター短機関銃サブマシンガン


 使用される弾薬は、太くて短い45ACP拳銃弾だ。威力は38スペシャルのおよそ二倍、50AEの五分の一。弾薬購入ポイントの一発2Pてのは、元いた世界の市場価格を考えなければ妥当な値付けだな。

 いまの所有弾薬は8発。フル装填するために22発を購入する。そこで我らが神の自動販売機ディスペンサーが持つ問題が明らかになる。オーダーするたび手のなかにバラ弾丸で出てくるのだ。散弾実包ショットシェルでは重宝したが、大量にバラ撒くサブマシンガンでは戦闘中の再装填がほぼ不可能だ。


「おお神よ、我に交換用弾倉スペアマグを与えたまえ」


 敵が迫るなか芝居がかった態度で乞い願うが、神からのリアクションはない。使えねえな……。さっさとあきらめて装填を続ける。


 できれば習熟射撃の時間が欲しかったんだがな。前世の俺も、この銃を使ったのはほんの数回だけだ。クリス・ヴェクターは重心の跳ね上がりマズルジャンプを抑える画期的設計とウタっていて、まあウソではないが重心と跳ね方が独特なのでどうにも違和感があるのだ。


 問題は、敵が何人いるかだ。人狼としての嗅覚と肌感覚では、五から七。そう大きくは間違ってはいないはずだ。

 弾倉マガジンに込めた30発の45ACPで仕留められなければ、他の武器に持ち替えることになる。


 ぴちゃり、と水たまりを踏む音がした。水滴が垂れた短い音とは違う。

 射撃機能選択レバーセレクター全自動フルオートに切り替え、指切り点射で銃弾を撃ち込む。ヴェクターの集弾性能は高いので、名前ほど振り撒くスプリンクルな着弾にはならない。遮蔽の周囲に、合計で10発ほど。

 すぐに手応えはあった。


「ぐッ!」

「があッ⁉」


 隠蔽魔法が揺らいで姿を現した相手を、一発ずつの半自動セミオートで仕留める。

 最初の攻撃で倒せたのは三人。上から垂れた鍾乳石と下から延びる石筍、さらに起伏も多いので、なかなか射線が通らない。

 被弾した敵は他にもいたが、手持ちの盾で致命傷には至っていない。

 残弾は、10発を切った。思ったより制圧効果が薄いのは、弾倉の交換ができなせいだ。


「弾幕が張れねえ全自動火器マシンガンになんの意味があんだよ⁉」


 敵の接近は止まった。人狼の五感で読み取る限り、遮蔽の陰で様子をうかがっているのが四名、回り込もうとしているのが二名ってところだ。

 一気に攻め込まれると押さえきれない。こちらも物陰に入ってサブマシンガンヴェクターの弾薬を100発購入、周囲を警戒しながら弾倉に装填する。



名前:バレット

天恵職:銃器使いガンスリンガーLV4

    所有ポイント:1768P(LV5の必要ポイント:256P)

天恵技能スキル忍び寄りスニーク押さえ込みホールド雲隠れハイド快癒リカバリー

天恵神器セイクリッド1:隠し持つための銃コンシールド・ガン

    所有弾薬:46(弾薬購入ポイント:1P/一発)

天恵神器セイクリッド2:粉砕するための銃デモリッシュト・ガン

    所有弾薬:6(弾薬購入ポイント:10P/一発)

天恵神器セイクリッド3:掃き清めるための銃スウィープト・ガン

    所有弾薬:42(弾薬購入ポイント:5P/一発)

天恵神器セイクリッド4:振り撒くための銃スプリンクル・ガン

    所有弾薬:106(弾薬購入ポイント:2P/一発)

天恵神託オラクル:神を崇めよ



 細かい数値の推移は追えていないが、いま倒した敵には練達下位Bランク相当の者が混じっているようだ。もしかしたら、エルデバインもそのひとりかもな。

 正面戦闘を行う強者は、ほとんどを二階層までで殺している。後方支援であれば求められるのは個人の強さよりも連携と器用さと応用性だろう。

 見通しの悪い環境だと、それは個人の戦力よりも厄介だ。


 ドン、ドドンッ!

 

 遮蔽を縫って大きく回り込んできた敵に自動式散弾銃スパスを掃射。足元を狙った散弾が大腿部を引きちぎって一名が死亡。膝を砕いたもう一名も悲鳴を上げて転がったところを射殺する。

 これで奇襲は止められた。そう思って本隊を振り返った俺は、思わず背筋が凍るのを感じた。


「あああああああぁッ!」


 魔術杖ロッドを構えた指揮官が、憤怒の表情で突っ込んでくるのが見えた。

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