第28話 見知らぬ咎

 やべえ。動けねえ。

 足元に喰らった魔法で吹っ飛ばされて足首を派手に捻った。逃げなきゃいけねえのに、痺れて感覚がない。折れたかどうかを確かめる前に、“ガンスリンガーの神”の余計な機能オプションが起動する。

 損傷したときより遥かに痛い、神の強制治療。たしかに傷や骨折は治るが、癒される要素はひとつもない。乱暴に捻りあげられて固定され、つなぎ合わされるだけだ。その間は、逃げるどころか身動きひとつもできない。悲鳴を上げて転げ回るのを我慢するだけで限界だ。


 脂汗を流して硬直する俺に、死に戻りの指揮官が偉そうに魔術杖ロッドを振り上げながら吠える。


「どうした、腑抜けの犬が! コソコソ逃げず掛かってこい!」


 オイふざけんな。ガキ一匹相手に徒党を組んで待ち伏せして、殺しに掛かってきたのはどこのどいつだ。

 言いたくても声にならない。敵の攻撃が降り注ぐ気配。そこでようやく治癒が終わり、俺は必死に転がりながら立ち上がるとダンジョンの奥を目掛けて走り出した。

 チラリと配置を見た限り、俺が一階層に逃げることは想定していたようだ。三階層に向かうとは思っていなかったらしく、待ち受けていた黒装束どもの動きが乱れた。


 こいつら、まだ十人近く残ってやがった。黒装束たちの包囲を抜けて、姿勢を低くしたまま全力で駆け抜ける。銃を手放して身軽になった人狼に、追い付ける人間などいない。天恵神器セイクリッド魔術杖ロッドで弾き飛ばされたが、俺の手から離れたときは光とともに消える。また呼び出せば損傷もなく現れる。便利なんだか理不尽なんだか、異世界の流儀は俺にはわからん。


 荒野の先に見える断崖の洞窟。そこが三階層へのゲートだとバレットの知識が教えてくれる。これも仮登録木札のまま三年もギルドに通ったおかげだ。

 背後から追ってくる黒装束の気配はあるが、雲隠れハイド天恵技能スキルが効いているのか攻撃はしてこない。


 洞窟の奥で光に包まれた俺は、気づけば鍾乳洞のような場所に出ていた。

 バレットが事前に聞いていた通りだが、思っていたものとは少し違っていた。日も差さない鍾乳洞のなかは薄暗いが、乳白色の鍾乳石がほのかに発光しているためある程度の視界は確保できていた。


「オオオオオゥ、オゥオゥオゥオォゥ……」

「ケケケケケケケェ……」


 奥から奇妙な鳴き声が聞こえてくる。ヤモリゲッコーの出す声に似ているが、どんな生き物なのかは俺にもバレットにも知識がなかった。

 二階層では魔物を見なかったが、ここでは大小いくつもの気配している。近づいてくるものも、遠ざかるものも、通り過ぎるものもいるが、立ち並ぶ石筍スタラマイトで視界が遮られて姿は見えない。滴る水音と反響で足音が聞こえず、気配や位置も読みにくい。

 黒装束の連中が追ってきたら厄介だと思う反面、ここでなら反撃しやすいともいえる。小柄な者が逃げ隠れできる環境なら、多対一のデメリットが潰せる。


「……“異端の烙印スティグマ”」


 微かな声を聞いて、とっさに短銃身リボルバースナブノーズを向ける。声のした方に姿は見えない。隠れているとしたら、わざわざ声を出したのが不自然だった。

 天井から垂れ下がる鍾乳石の間を抜けて、俺は静かに回り込む。崩れた鍾乳石は折り重なるなかに、エルデバインの後ろ姿が見えた。


「動くと殺す」


 俺が銃を突きつけて言うが、反応はない。せるようなき込むような音を出し、しばらくしてそれが笑っているのだと気づく。


「……どのみち、……しぬ」


 エルデバインは振り返らないんじゃない。振り返れないんだ。

 うずくまる男の腹は血塗れで呼吸も浅く、見るからに虫の息だ。仲間割れでもしたのかと思ったが、どうも銃傷のように見える。

 嫌な予感がした。まさか我が神の降臨でもあったか。


“神敵を滅せよ”


「ふざけんな!」


 姿も見せずに命じ続ける神に苛立って、思わず怒鳴りつける。魔物か獣か両生類か、あちこちで鳴いていた生き物がピタリと声を止めた。


「アンタがなにを憎んでなにを滅そうとしてるか知らねえがな! それと俺と、なんの関係があんだよ!」


 応える声はなく、代わりにボトリと手のなかに銃が落ちてくる。それはまだ温かく、硝煙の臭いがした。

 直後に“天恵の掲示板ステータスボード”が勝手に開いて、俺は思わず唸り声を上げる。

 ああ、クソが。あのクソ邪神、とうとう俺の選択権まで奪いやがったか。勝手にレベルを上げて、おまけにてめえで先に使うとはな。



名前:バレット

天恵職:銃器使いガンスリンガーLV4

    所有ポイント:1652P(LV5の必要ポイント:256P)

天恵技能スキル忍び寄りスニーク押さえ込みホールド雲隠れハイド快癒リカバリー

天恵神器セイクリッド1:隠し持つための銃コンシールド・ガン

    所有弾薬:46(弾薬購入ポイント:1P/一発)

天恵神器セイクリッド2:粉砕するための銃デモリッシュト・ガン

    所有弾薬:6(弾薬購入ポイント:10P/一発)

天恵神器セイクリッド3:掃き清めるための銃スウィープト・ガン

    所有弾薬:42(弾薬購入ポイント:5P/一発)

天恵神器セイクリッド4:振り撒くための銃スプリンクル・ガン

    所有弾薬:8(弾薬購入ポイント:2P/一発)

天恵神託オラクル:神を崇めよ


 天恵神託オラクルは無視する。知るか。どこに崇める要素があるんだよ。

 快癒リカバリーという天恵技能スキルがあの拷問じみた回復術だとしたら、なぜレベルアップ前に効果が発揮された? 前倒しでもされたのか。


 いや、それよりも、なにかおかしい。

 なにか忘れている気が……いや、なにかを忘れような気がする。ひゅうひゅうと末期の息を吐きながら、エルデバインがまた噎せるように笑う。


「……笑わ、せるな。……俺を、殺したのは」

「あ?」


 頭のなかに、おかしな記憶が入り込んでくる。逃げる誰かを追い詰める光景。暗闇のなか逃げ続けていた男は、行き止まりにぶち当たって振り返る。武器を振りかぶろうとした男は腹に銃弾を受け、目を見開いて俺を見た。銃口からの発射光マズルフラッシュに照らし出された男の顔は。


「……おまえ、だろう、……が」


 エルデバインは、目の前で崩れ落ちて動かなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る