第30話 天使

 すでに彼我の距離は十メートルを切っている。サブマシンガンヴェクターに持ち替える時間はない。自動式散弾銃スパスの残弾3発を連射するが、左腕の盾に仕込まれた魔法的な干渉に弾かれてしまう。足元に狙いを変えたのも読まれて避けられた。最低限の回避で、最短距離を突っ込んでくる。その背後には追撃を狙う部下たちが続いている。焦りが狙いを狂わせ、気づけば魔術杖ロッドな間合いにまで入られている。俺もバレットも戦闘職ではない経験不足を、死の実感とともに思い知った。


 必死に飛び退すさった俺の鼻先を、振り抜かれたロッドが掠める。ようやく短機関銃ヴェクターに持ち替えた俺は、全自動フルオートで銃弾を叩き込む。


 最初の10発ほどは腹と脚に着弾。突進が鈍ったところで盾から露出した右腕に狙いを変える。45口径弾が肘と下腕部を砕き、指揮官は魔術杖ロッドを取り落とす。


 頭に狙いを変えようとしたところで、男の背後から部下たちが左右に飛び出してくる。黒装束の男たちが三名、盾で心臓と頭だけを守り、手槍で身体ごとぶつかってくる。一人目は下腹部に銃弾を受けて倒れるが、そこでヴェクターの弾薬を使い切る。


「くそッ!」


 距離を取ろうと踏み出した足元に、雷撃の魔法が叩き込まれる。


「があァッ!」


 直撃ではなかったが、全身が痺れて動けなくなる。倒れ込んだまま、血が沸騰させられるような痛みに身悶える。スタンガンどころの話ではない。皮膚が焼け焦げ、生きているのが不思議なくらいだ。


 後方で魔術杖ロッドを構えるのは、俺が一度は殺した魔導師の女だった。怒りと憎しみを露わにして、俺に追撃を放とうとしている。


「ぐッ!」


 生き残りの黒装束ふたりが、手槍で俺を貫く。ひとりは腹を、もうひとりは胸を。麻痺した身体は痛みをそれほど感じないが、地面に固定されて動けない。

 これは、もうダメか。


 敵の指揮官と被弾した部下は、突っ伏したまま動かない。光に変わっていないということは、まだ息があるのか。


「モリス!」


 後方から駆けてきた女がすがりつこうとした直前、事切れたのか指揮官が、ついで部下が我が神に召される。

 ひざまずいて呆然としていた女は、俺を振り返った。手槍を押さえていた部下たちを弾き飛ばして、俺の頭に魔術杖ロッドを叩き付ける。


「お前が! お前があァッ!」


 女は言葉にならない声で罵りながら、肩を、腹を、頭をロッドで何度も打ち付ける。痛みは感じないまま、意識だけが遠くなる。死にかけの兆候か。

 二度目の死も最低だったな。


「……ッ⁉」


 いきなり打撃が止まり、息を呑む気配があった。

 部下たちが俺から手槍を引き抜き、周囲の警戒をしようと距離を取った。


「……この、魔圧。いったい、なにが……」


 女の声は止まる。

 部下たちがそろって首を傾げたかと思うと、そのまま転がった頭が女の前に落ちる。女は悲鳴を呑み込んだ。血まみれのロッドを引き寄せ、辺り一面に雷の魔法を放つ。


「仕留め……」


 ぞるん、と湿った擦過音がして女の首がずれ落ちる。

 闇のなかから、小柄な影が歩み寄ってきた。あちこちに傷を負い髪に焦げ跡を残した猫耳娘の姿を見て、俺はあんぐりと口を開けたまま固まる。


「にーたん、見つけたにゃ!」


 死を前に見る幻なのかと思ったが、彼女は泣きながら俺にすがりつくと傷や火傷の跡をぺろぺろと舐める。気持ちはありがたいんだが、麻痺していたのが回復を始めたようで触られるとメチャクチャ痛い。

 痛みを感じられるってことは、生きてるってことなんだ。前世で薮医者から聞かされた気休めを思い出して、俺は痛みを堪えながら笑う。


「にーたん、ひとりでお出かけしちゃダメにゃ」

「……ああ、悪かったよ。……次からは、もっと慎重に」

「ダメにゃ」

「お前が、強いのはわかった。けどな」

「ダメにゃ」


 シェルは俺を抱きしめる。


「もう、ぜったい、ひとりはダメにゃ」


 義妹の体温を感じながら、俺の意識は途絶えた。

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