第25話 血と泥濘
……なんだ、このひでえ臭いは。
俺は
重たいなにかに押し潰され、息もできない。わけもわからず身動きも取れず、無様にもがく惨めさ。
ああ、最低の気分だ。正確に言えば、俺の人生が最低だったころに戻ったような気分だ。
この臭い、どっかで嗅いだことが……。
「……げ、ぽぶッ」
目の前にあるなにかを押しのけると、それは揺らいで湿った音を立てた。真っ暗だった視界が、赤黒い
ああ。そうだ。前世で何度も経験した、これは。
“
左腕はひしゃげて折れ曲がり、木でできた蛇のオモチャみたいになっちまっている。痛みは限界を通り越して、焼け尽きそうな熱に感じる。右手には、赤黒く染まった
なるほどな。それでか。俺にのしかかっていた男の顔は、穴だらけで歪んでいる。俺はこいつの血と脳漿を浴びて押し潰されながらもがいてたわけだ。
まったくもって、最低だ。
ベタつく手を男の服で拭って、リボルバーに装弾する。前世じゃ
いまも、ないんだがな。
“滅せよ”
片手でなんとか弾薬を込めると、ふらつく身体で起き上がる。もう体力も気力もねえし、血も足りなきゃ頭も回らねえ。おまけに片腕もグシャグシャだ。
それでも敵は残ってる。その上“
「……無理だって」
チカチカと点滅しているのは、“所有ポイント”と“LV4の必要ポイント”だ。
いい加減にしてくれ。こんな死にかけの片腕で、これ以上の銃なんていらねえよ。500グラムちょいしかない
いきなり膝がカクンと折れて崩れ落ち、危うく顔面から地ベタに突っ込むところだった。しこたま膝を打って
運がいいのか悪いのか、だな。
感覚器というより死にかけの獣の勘で、俺は残りの敵が迫るのを感じた。音もなく静かに、包囲網を狭めてきている。
これは、死ぬな。残りの敵は、十か二十か。いくつだろうと同じことだ。もう抵抗なんてできやしねえ。
すまねえな、シェル。“にーたん”は、ここでくたばることになりそうだ。
“滅せよ”
「うるせえって! こんな腕でどう……痛ててててッ!」
折れた左腕が軋んで、メキメキと音を立てる。悲鳴を上げて転げ回りたいところだが、いまそんなことをしたら周囲の敵から狙い撃ちにされる。
歯を食いしばっても悲鳴が漏れる。無事な右腕に噛みついて、必死に唸り声を押し殺す。涙目で見下ろした俺の左腕が、ひしゃげた形から真っ直ぐに戻り始めていた。
……ウソだろ、おい……。
“
真っ直ぐになった左腕から、焦げ臭い匂いが立ちのぼり始める。匂いだけじゃねえ。うっすら灰色の煙が立っている。これが治癒魔法なら魔力光が瞬くらしいが、俺の腕にまとわりついているのは
“滅せよ”
神の声が、俺を
名前:バレット
天恵職:
所有ポイント:1985P(LV4の必要ポイント:128P)
所有弾薬:16(弾薬購入ポイント:1P/一発)
所有弾薬:7(弾薬購入ポイント:10P/一発)
所有弾薬:20(弾薬購入ポイント:5P/一発)
どう考えても無理だな。これ以上の銃は現れたところで扱えん。
38スペシャルが46発に、
それが、どこぞの死を望む神なら、どのみちくたばるだけの話だ。
思わず仰け反り笑い声を上げた俺の頭を掠めて、矢が立て続けに飛んでくる。こちらの動きに合わせて時間差をつけているあたり、どこかに
あいつら、俺が指揮官を殺したことで統率力を喪ってるな。
「出てこい! スティグマッ!」
わざわざ声を上げるのは、俺を狩り出す
小さな遮蔽に伏せると
その場所に残弾を撃ち込む。計4発を喰らった見えない敵が、倒れながら姿を現す。
隠蔽魔法か。後衛の要になるはずの魔導師が、なぜ距離を詰めてきた?
俺が指揮官を殺したことで、感情に駆られて突っ込んできた? いや、ここまで統制された集団でそれは考えにくい。指揮権が下位の者に引き継がれたことで配置と連携に問題が出始めているのか。
「これはチャンスか、死兵化する前兆か……」
そのどちらでもない、という可能性が出てきた。ぞわぞわと背筋を撫でる冷えた感覚。なんだ、これは。
「“
遠くで声が聞こえた。
ぐちゃびちゃと湿った音を立てて、転がっていた敵の死体が動き始める。俺が殺した指揮官も、いま殺したばかりの魔導師も、弾けた腹や砕けた頭からボトボトと肉片をこぼしながらゆっくりと立ちあがる。
その胸に、青白く光る首飾りが見えた。そうだ。最初からあった違和感。こいつらだけは、死んだ後も“ガンスリンガーの神”に召されなかった。怪しげな光を見る限り、それは昇天を妨げる呪符のようななにかだ。
「……どうかしてるぜ」
味方の死体を蘇らせて戦わせる? それが邪神と戦おうって連中がやることかよ。
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