第13話 轟くもの
北に向けて全力疾走を続けながら、俺は銃弾の補給をどうすべきか迷う。空の銃に早く装填しなければと焦りつつ、あふれ出したのがどんな魔物か把握できるまで決断できずにいたのだ。
M36に使う38スペシャル弾と、デザートイーグルの50
ほぼ
「間に合ってくれよ……ッ!」
ゆるい丘陵に築かれた領府から見ると、孤児院を含む北部一帯はわずかに見下ろしとなる。残り
「……!?」
孤児院の周りが広範囲に焼けこげ、大量の死骸が転がっている。煙で視界が遮られるなか、必死に目を凝らして確認した限り死骸は魔物のものだけだ。
年齢不詳の
「院長!」
孤児院が近づいてくると、周囲に折り重なる死骸の数に驚かされる。どれだけの広域魔法を叩き込んだやら、転がってくすぶる魔物は優に千を超える。
まず目につくのが、すでに俺も見慣れた
バレットも知識でしか知らない魔物や、まったく未知のものもいる。
いまだ健在の魔物も十や二十ではなく、さらに森から続々とあふれてくる。
弾薬の威力も数も、いま買える程度じゃ話にならん。魔物を倒してポイントで再購入、なんて悠長なことをしていられる状況でもない。
そもそも銃で殺しきれず“ガンスリンガーの神”が貢物と認めなければ、ポイントに換算されない。そこで弾薬が尽きれば終わりだ。
「くそッ!」
孤児院に押し寄せてきた後続の魔物たちは、その手前で光の壁に弾かれている。院長が結界魔法を張ったか。こちらに飛びかかってくる魔物を避け、敷地内に転がり込む。
俺が結界に弾かれることはなかったが、正面の扉は板が打ち付けられ閉ざされていた。入れない状況に苛立ちつつも、籠城の備えができていることにホッとする。
壁を蹴って二階の庇に手を掛け、さらによじ登って屋根の上に出る。
鐘楼の陰に陣取っていたシスター・クレアが振り返り、俺に
「……来たんですか」
「当たり前だろ。帰るところを喪ったんじゃ、独り立ちした意味がねえ」
「……あなただけでも、生き残ってくれたら、……と、思っていたのに」
「珍しいな。院長が弱気になるなんて」
俺の軽口には付き合わず、シスターは黙って森の方を指す。
ワラワラとあふれ出してくる
俺は初めて見る3メートル級の魔物、
「……オークは、Bランクの魔物です。……それが三体となると、打てる手はありません。……ここで、終わりです」
いっそ穏やかにすら聞こえる声で、シスター・クレアは言う。
彼女は鐘楼に陣取っていたんじゃない。寄りかかって動けなくなっていた。魔導師の外套はボロボロで、露出した肌や手足は泥と血にまみれている。こちらを見る顔に血の気はなく、土気色の唇と指先は細かく震えていた。
俺には
院長は、もう限界だ。
「……子供たちは、……倉庫にいます」
孤児院のなかでは、そこが一番安全な場所だ。押し寄せてくる魔物の群れに結界と建物が耐えきれれば、という条件付きだが。
「あなたなら、……
彼女は、冷静な判断を下した。現実的で、合理的で、最善の決断を。
俺にもシスターにも、子供たち全員を助けることはできないと。このまま孤児院を守り切ることも不可能。であれば。
「……あなたたちふたりが、逃げ切るまで、……結界を維持して、魔物たちを引きつけます」
もって十五分てとこか。しかも、自分の命と引き換えにだ。おまけに憎まれ役も汚れ役も引き受けて死ぬか。
「アンタ、いい女だなあ」
バレットを演じる建前を忘れて、俺は思わずつぶやいてしまう。
キョトンとした顔で俺を見ると、シスターは蒼褪めた顔のまま呆れたように笑った。
「……それが、二十年後だったら、……嬉しかったかも、しれませんね」
自分には二十分後もないと覚悟を決めた女は、さっさと行けと手で追い払う。
「なあ、シスター。悪いがもう少しだけ、結界を維持してくれないか」
「……いわれる、までも」
かすかな声で応えながら、シスターの意識はもう揺らぎ始めている。
「“
俺は銀のデザートイーグルを出して、50AE弾を七発購入。すべてのポイントと引き換えに弾倉をフル装填する。
ポイントはゼロ。狙った
イチかバチかの賭けだが、結果なんぞ知ったことか。
森に向かって屋根を降りようとする俺を見て、院長は怪訝そうな顔をする。
「……なに、を」
「オークを倒すのさ。それが、きっと“神”の意思だ」
俺の目を覗き込んで、彼女は小さく首を傾げた。ハッタリを言ってるわけではないと感じ取ってはいるのだろうが、それを信じるには根拠がない。
「すぐ戻る」
屋根から飛び降りて、俺は魔物の群れに向かってゆく。
左手に短刀、右手にはデザートイーグル。片手で反動を制御できるかはわからんが、銃だけ持ってたんじゃ
向かってくるゴブリンを躱しながら、頭や首を刺し、胸や背中をえぐる。多すぎるスライムは相手にせず、回避だけを考えて一直線にオークのもとへ。
まずは、最初の一体。丸太を抱え背を丸めているので体高はわからんが、3メートル近いのは確かだ。体重も三百キロはあるな。筋肉が張り詰めた手足で周囲を睥睨する姿は、まるで建設用重機だった。
ああ、やっぱ無理だ。短刀は鞘に戻してデザートイーグルを両手で構える。なんかの冗談みたいにバカでかいグリップは、まだ小さいバレットの手に余る。
「グウゥ……?」
こちらを敵とは認識していないようだが、真っ直ぐに向かってくるのを鬱陶しくは思ったらしい。小さく鼻を鳴らしたかと思うと、オークはノーモーションで丸太を水平に振るった。
「ッぶねぇ……ッ!」
危うく避けた俺の頭を、丸太の端が掠めてゆく。そのまま飛び退きかけて足を止めた。追撃のために振りかぶる気配。最大限のインパクトを狙って、渾身のスイングがくる。
俺は全力で踏み込み、オークの懐に入った。丸太を振り回すには狭すぎる間合い。踏みつぶすか殴り飛ばすか、一瞬の迷いを突いてデザートイーグルを豚面に向けた。
ドバンッ!
両手に伝わるすさまじい衝撃を、“
見上げで放たれた50AE弾はオークの鼻面をカチ上げ、そのまま頭部をスイカのように粉砕した。
大した威力だ。さすが38スペシャル弾10発分てとこか。降りかかる血と肉片を避けて、そのまま突き進む。
横を通り過ぎたとき、オークの死骸は神のもとへと召され、光とともに消えた。
目についた次のオークは武器を持っていないが、拳は血糊にまみれている。なにを殴り殺したのか知らんが、魔物のクセに
「グッ、ググッ」
忍び笑いのような、薄気味悪い呻き声。近づいてくる俺を察知している。目が合うとニヤリと唇をゆがめ、頭を振って拳を構える。
ますますボクサーっぽい動きだ。あいつ、お仲間がヘッドショットされたのを見て対処を考えやがったか。案外、バカではないようだ。
「……グォオオオッ!」
突っ込んでくるオークの頭を狙うふりをして、50口径弾を
呆気にとられた顔をしたオークが膝を折り、うずくまって転げ回る。即死はしなかったようだが、銃弾は臓器を粉砕した。人体に近い構造の生き物なら、死ぬのは時間の問題だ。
「ッ!」
背後に気配を感じて飛びのくと、目の前を俺の身体よりデカい岩が転がっていった。
「……おいおい、
軽口を叩きながら息を整え、もうひとつの岩を振りかぶるオークに狙いをつける。デザートイーグルの威力は頼りになるが、あまりの反動で手がしびれ始めていた。
「ガアアァッ!」
ドンと銃声が鳴って、ボウラーオークの身体が傾く。
ダメだ、被弾したのは上腕。岩を取り落としはしたものの、急所は外した。怒りを煽っただけで、致命傷には程遠い。
「くそッ、もったいねェ……!」
貴重な10ポイント分を無駄にした自分に苛立つ。
近づいてきたところに、追撃の一発。人間でいうと心臓のあたりに命中して、息を呑んだオークは崩れ落ちてうずくまる。わずかな時間をおいて、光の中に消えた。
「……ふう」
振り返ると、肝臓を撃ち抜いた二体目のオークも消えていた。直近の脅威だったオーク三体は神の御許に送られたわけだ。
引き際だな。
さっきまでこちらに向かってきていた小型や中型の魔物が、なぜかバラバラに逃げ惑い始めていた。なにが起きたのかと、孤児院に目を向ける。
鐘楼でシスター・クレアが、小さく手を振るのが見えた。地べたに立っている俺には見えないが、なにか状況が変わったんだろう。
俺は孤児院まで駆け戻ると、庇に手を掛けて屋根に上がる。
「……それがあなたの、……“天恵職”、ですか」
相変わらず蒼白なシスターは、俺を見て楽しげな顔でいう。
口調が断定的なのは、
そもそも
「なにがあった」
「……なたが、最初のオークを、……倒してから。……魔物たちの動きが、変わりました」
俺がオークを倒したのを見て、対応を変えた? 雑多な魔物の群れが自主的に判断することはありえない。シスターは、これが“
「魔物を操っているヤツがいる?」
「……かも、しれません。……領府の対応も、あまりに遅すぎます」
なるほどな、と考えた俺の頭に“天の狩人”の連中がよぎる。
差別主義者というのは、差別対象に限らず弱者や異物を排除しようとするものだ。“沈黙の森”への対処など、異物と混血の巣窟である孤児院が全滅した後の方がよいと考えても不思議はない。
それと魔物を操っている者との関係は不明だが、考えるのは後でいい。いまは、やるべきことをやるだけだ。
周囲の安全を確認すると、シスターに結界を解除してもらった。彼女はグッタリしながらも、ホッと安堵の息を吐く。
立てこもっていたシェルたちが心配だった。様子を確認しようと
名前:バレット
天恵職:
所有ポイント:75P(LV3の必要ポイント:64P)
所有弾薬:4(弾薬購入ポイント:1P/一発)
所有弾薬:3(弾薬購入ポイント:10P/一発)
おいウソだろ。オーク一体で、ポイントはたったの25?
オークはBランクの魔物らしいが、その基準は魔物単体をどのランクの冒険者
こっちの世界の基準じゃ、オークの脅威は
これが“天恵職”だなんて、俺にどんな人生を歩めっていうんだよ。
「……もう、ここを……出た方が、……良いかもしれませんね」
ドンヨリしていた俺の背後で、シスター・クレアが声を掛けてくる。振り返ると、彼女は相変わらず血の気の引いた顔で、鐘楼に寄り掛かったままだ。
「昨日、独り立ちしたばかりなんだけどな。忘れたのか?」
冗談のつもりで答えたけど、俺の話じゃないな。シェルを連れて行けと言っているんだ。それはわかるが、理由が読めん。
俺の軽口にはなんの反応も見せず、シスターは俺を見据えて言った。
「……
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