第12話 あふれる暗雲

 カエラ嬢に今日の分の報酬を貯金機能あずかりにしてもらうと、俺は簡易宿泊所に戻った。

 狭い部屋の備え付け寝台に転がって、“天恵の掲示板ステータスボード”を開く。



名前:バレット

天恵職:銃器使いガンスリンガーLV1

    所有ポイント:102P(LV2の必要ポイント:32P)

天恵技能スキル忍び寄りスニーク

天恵神器セイクリッド隠し持つための銃コンシールド・ガン

    所有弾薬:4(弾薬購入ポイント:1P/一発)

天恵神託オラクル:死を糧とせよ



 森を出てすぐにこれを見た俺は、“ガンスリンガーの神”の悪意を思い知らされた。

 ケルフの死が30ポイントで、ジェルマの死が60ポイント。ランクが30で、ランクが60ってことか? だったら――できるかどうかはともかくとして――ランクは120ポイント、聖金ランクを仕留めれば240ポイントか?

 数値自体はどうでもいいが……。


「やっぱり魔物より人間を殺せって、言ってるようなもんじゃねえかよ……」


 ステータスボードの“所有ポイント”と“LV2の必要ポイント”が、これ見よがしに点滅している。森を出たところでは決断できず、判断を保留にしたものだ。レベルLV0から1は自動オートで上がったんだが、今度は任意。そこに神の意図がある気がしたからだ。自分で選択した結果として受け入れなければいけない、リスクとコストがあると宣告しているような。

 知ったことか。生き延びるため前に進むしかないなら、多少の毒くらいは喰らってやるさ。


「32ポイント消費、レベル2へ」


 画面が光って、表示が切り替わる。



名前:バレット

天恵職:銃器使いガンスリンガーLV2

    所有ポイント:70P(LV3の必要ポイント:64P)

天恵技能スキル忍び寄りスニーク押さえ込みホールド

天恵神器セイクリッド1:隠し持つための銃コンシールド・ガン

    所有弾薬:4(弾薬購入ポイント:1P/一発)

天恵神器セイクリッド2:粉砕するための銃デモリッシュト・ガン

    所有弾薬:0(弾薬購入ポイント:10P/一発)

天恵神託オラクル:神威を示せ



 あれこれ少しずつ追加されたり変わったりしているが、そのどれもが不安しかねえ。なんだこの、粉砕するための銃デモリッシュト・ガンってのは。

 なにかはわからんにしても、弾薬購入ポイントが38スペシャル弾の十倍ってところだけで、どういう種類のもんかは想像がつく。

 とはいえ、もう戻る道はない。確認しようがするまいが、レベルアップの結果は同じだ。


「……天恵神器セイクリッド


 目の前に現れたのは案の定、冗談みたいにデカくて重い、銀に輝く鈍器どんきだった。

 まあ、そうだろうとは思ったさ。38スペシャル弾の非力さを、どうにかしてもらいたいと思っていたのも事実だ。……けどな。


M36チーフの次がデザートイーグルって、なんぼなんでも極端すぎんだろ⁉」


 いや、それはそれでどうかとは思うが、それより遥かに気になる部分がある。

 相変わらず俺がこの神の信徒でもあるかのごとき天恵神託オラクルだが、“神威を示せ”とはどういうことだ?

 そんなことを言われても、俺は“ガンスリンガーの神”がどんな存在なのかも知らん。銃の存在を誰も知らない世界で、示せるものなど死体の数ボデイカウントしかないのだが、それをやることになったら俺の人生が詰む。

 言いたいことは伝わったものの、具体的になにをさせようというのか、さっぱりわからん。というよりも正直、わかりたくないという気持ちの方が強い。


「総員、集合ッ!」

「起きろ! 全員、武器装備の上で降りてこい!」


 そうだ。嫌な予感ってのは、たいがい的中するもんだ。

 表立っては言っていないが、ギルドが簡易宿泊所を安価で提供しているのは、いざというときの非常呼集要員を確保するためだと聞いたことがある。


 それが、いまだ。


 着の身着のままで寝転がっていただけの俺は、呼ばれるがまま一階に向かう。まだ営業時間内だったようで、ギルド職員はもちろんのこと食堂部分で管を巻いていた連中が“逃げ遅れた”って顔でうつむいている。


「どうかしましたか?」


 俺は張り詰めた表情のカエラ嬢を見つけて声を掛ける。彼女はベテランだけあって、浮足立った職員たちのなかでただひとり冷静さを保っていた。


「“沈黙の森”が、あふれたらしいわ」


 “魔物の過剰湧出スタンピード”だと、バレットの知識が教えてくる。地下迷宮ダンジョンの魔力が乱れ、外にまで魔物があふれ出す異常事態だ。初動対応を誤れば、周辺地域に甚大な被害をもたらす。

 あふれたのがダンジョンなのか“沈黙の森”そのものなのかは調査中だというが、答えが出たところで意味はない。調査結果が出るまで待っていたら、手遅れになることは明白だった。


「状況次第では、登録している冒険者全員に強制依頼の可能性も……」


 カエラ嬢の説明は、もう耳に入っていなかった。俺は最後まで聞かずギルドを飛び出していた。


「バレットくん、ダメ!」


 知るか。しょせん城壁のなかでぬくぬくと過ごしている領府の住人たちに、あの森と接して暮らす緊張と恐怖は理解できない。ましてや歩いて数十分、森が見える場所で日々を過ごす孤児院のことなど。

 わかってもらおうとは思わないが、邪魔することは許さない。俺は全力疾走で北門に向かう。衛兵が停めようとしたが、無視して突っ切る。


 “ガンスリンガーの神”が、俺になにをさせようとしてるのかは知らん。興味もねえ。だが、自分の大事なもんに手を出されて、それを黙って見てる気はねえよ。

 森からあふれた魔物を排除するのが“神威を示す”ことになるというなら。


 望み通りに、ブチ殺してやろうじゃねえか。

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