第11話 贄の値

「バレットくん、ランクになったのね。おめでとう」


 翌日の昼近く。カエラ嬢から言われた俺は、さりげなくギルド内を見渡す。

 昨日のことを知っている連中の姿はほとんどない。それらしき数名はいたが、隅の方で視線を逸らしたまま固まっている。


「ありがとうございます。昨日、担当されていた受付嬢は……」

「リサね。実家で不幸があったとかで、ゆうべ退職を申し出たみたいなの」


 逃げやがったか。いますぐ追いかけてまで思い知らせてやろうとは思わない。なんだかんだで、ちゃんとランクアップの手続きは行われたんだしな。


「リサが、どうかした?」

「いいえ。お世話になったので、お礼をと思っただけです」


 他意はない口調で言ったつもりなんだが、遠くで息を呑む気配があった。


「若いのに義理堅いのね。リサの実家は王都だから、バレットくんが冒険者として大成したら、その勇名はリサの耳にも届くと思うわよ」

「そうなるといいですね」


 カエラ嬢は無邪気に言うけれども、“銃器使いガンスリンガー”として大成したときに轟くのは間違いなく悪名だ。あの性悪受付嬢がどんな顔でそれを聞くのかは見てみたい気もするな。


「ああ、そうそう。試験官を務めてくれたケルフさん……」


 自分が冒険者として終わらせた相手の名前が出ると、一瞬ひやりとしてしまう。俺自身はポーカーフェイスを保ったつもりだが、視界の隅で冒険者の数人がガタガタと席を立って出てゆくのが見えた。


「はい。なにかありましたか?」

「バレットくんを探してるって聞いたんだけど、どこかで会った?」

「いいえ」


 少し返答が早かったか。ここは不安そうな顔で畳みかける。


「ですが、ぼくを探して“沈黙の森”に入ったなんてことは……ないですよね?」

「それはないと思うけど、もしそうだったとしても大丈夫よ? ケルフさんはランクだし、ランクのジェルマさんも一緒だったみたいだし」


 そうですか、と答えて俺はホッとした笑顔を浮かべ、今日採取した分の薬草と魔物の素材をカウンターに並べ始めた。

 自分の身体に血の臭いが残っていないか、かすかに鼻を鳴らしながら。


◇ ◇


 今朝がた領府の北門を出たときから、俺は尾行する男たちの存在に気づいていた。

 ひと気のなくなる場所で襲ってくることはわかりきっていたため、のことを考えて“沈黙の森”まで誘い込むことに決めたのだ。


 ひとりは杖を突きながら進む巨漢とあっては、獣人の足に追いつけるわけもない。移動を速めすぎれば追跡をあきらめてしまう。途中で何度かゆっくりと薬草採取を行い、こちらを見失ってしまいそうな男たちを待つ。

 しばらく誘導した後で、ようやく森の前までたどり着いた。息を切らして文句を言う声が、はるか後方から聞こえてくる。少なくともケルフの方は、もう見つからずに尾行する余力も残っていないようだ。


 森に足を踏み入れる前、俺はバキバキと進路上の枝を折る。木製カード仮登録の子供たちが、帰り道の目印になるようにと教えられる方法だが、“沈黙の森”ではあまり意味がない。それどころか、元来た道を戻ることは獣や魔物に狙われる確率を上げる。

 今回に関しては自分ではなく、男たちが迷わないための目印だ。



名前:バレット

天恵職:銃器使いガンスリンガーLV1

    所有ポイント:12P(LV2の必要ポイント:32P)

天恵技能スキル忍び寄りスニーク

天恵神器セイクリッド隠し持つための銃コンシールド・ガン

    所有弾薬:10(弾薬購入ポイント:1P/一発)

天恵神託オラクル:死を糧とせよ



 昨日の試験で消費した一発分を購入。所有ポイントは12まで減ってしまったが、俺にはどうしても気になることがあった。怖れていること、と言ってもいい。それは。


 人間は、殺すと何ポイントなのか。


「おい出てこい! 犬コロ!」


 魔物の気配を探りながら奥へと進む俺の背後で、迫ってくるふたりの声がした。

 中堅以上の冒険者なら“沈黙の森”の怖さを知らないわけでもないだろうに、枝を切り飛ばし下生えを踏み散らしながら、ガサガサと音を立てながら近づいてくる。


「待ってたぜ」


 開けた場所で振り返った俺を、汗だくのケルフが睨みつけてくる。斧を持ち歩く体力はないのか、構えたのは杖にしていた棒だ。元が何なのかは知らんが金属製で、殴られればそれなりに効きそうに見える。

 長剣持ちのジェルマは相変わらずだ。カサコソ鳴ってる小さな音で、隠れながら後ろに回り込もうとしているのがわかった。


「まだ、わからんのか? “天の狩人”は、“ケダモノ”に負けた。手も変えずに追ってきたところで、結果は変わらねえよ」

「ぬかせ!」


 ケルフは棒を放り出して、昨日と同じ斧を出現させる。あの斧が、こいつの“天恵神器セイクリッド”だったのか。

 だとしたら、ますます報われねえな。


「うお、お……」


 彼我の距離は十メートル強。俺は撃鉄ハンマーを起こしたリボルバーを両手でしっかりと構え、息を吸って、少し吐いて止める。


 パンッ!


 額に命中した38口径拳銃弾は、哀れな狩人の命を刈り取る。武器を構えたまま仰向けに倒れ込んだケルフは、そのままピクリとも動かない。死体の手のなかで斧が光り始め、やがて光の粒になって消えた。

 神のものは死後、神のもとへ、か。


 少し間をおいて、ケルフの身体も光に包まれる。今度は俺の神が供物を得た証だ。

 勝手に開かれた“天恵の掲示板ステータスボード”を見て、怖れていたことが現実になったと知る。


 所有ポイント:42P(LV2の必要ポイント:32P)


 ケルフの死は、30ポイント。ゴブリンの十倍。ファングラビットの三十倍。

 その比率は高いとも低いともいえるが、問題は数字そのものではなく魔物よりも人間の方が獲物として上だという事実。

 この神は、俺をどこに導こうとしているのか。


「おい、ケルフは死んだぞ」


 使用した一発を再装填しながら、俺はジェルマが回り込んでいた位置に声を掛ける。銃という武器の特性上、的が見えないと勝ち目も見えない。


「お前もここで死ぬ。死骸は消えて、遺品も見つからない。お前という存在は、“沈黙の森ここ”で消える」


 茂みから立ち上がったジェルマの手には、光を放つ手槍。

 仮にもランクとなると、ふだんから“天恵神器奥の手”を見せない程度の頭はあるわけだ。

 相手との距離は十五メートル。短銃身スナブノーズリボルバーの射程を考えるともう少し詰めたいが、それでは手槍ヤツの間合いに入ってしまう。


 もう一度、リボルバーの撃鉄ハンマーを起こす。少しだけ引き金トリガーが軽くなり、気休め程度に精度が上がる。両手で保持して、しっかり構える。これも、神頼み程度には当たりやすくなる。


「おおおおぉッ!」


 気合とともに低く伏せ、槍を構えて全力の突進。狙いすました初弾は外される。二発目は頭をわずかに削るが、勢いは止まらない。そこで完全に槍の間合いに入った。突き出される穂先が光の線を引く。獣人の動体視力と反射神経でギリギリ躱すしたものの、振り返りざまの薙ぎ払いが鼻先をかすめる。

 三発目。頬に当たるが横向きに貫通し、顔の形をゆがめただけに終わった。四発目。身を沈めて避けられる。相手の実力を読み誤っていたのは自分の方だと、ここにきてようやく思い知る。


 頬とアゴが砕けた顔で、ジェルマは血を噴きながらニヤリと笑う。


「こえぼぁッ!」


 なにを言おうとしたのか、俺には聞き取れなかった。最後の一発は鳩尾みぞおちに撃ち込まれ、小さく息を吐いたジェルマはうずくまったまま動かなくなった。

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