第10話 望まぬ戦い

 あまり理解されてはいないことだが。

 銃ってのは利点メリットがデカいものの、欠点デメリットもまた無駄にデカい。銃の存在しない世界であれば、なおさらだ。


 まず、銃を知らない相手には武器脅威として見做されない。これはメリットであり、デメリットでもあるな。

 誰でも簡単に殺せるのは良い点でもあるが、手加減できないのは問題にもなる。


 なにより最も大きな欠点は、弾薬の補給がなければ銃など無意味な鉄クズでしかないということ。その供給を、信用しきれない神に頼るしかないというのが最悪だ。

 ただ逆に考えれば、武器の維持と整備をこの世界の市場に依存しないのは大きな利点でもある。

 刀剣や槍など刃物系武器の手入れ、弓や弩弓クロスボウなど射出系武器のやじりの補給は、元いた世界でもこちらでも同じく戦力を維持するために必要な支出だが、獣人であるバレットには人間と同じサービスや供給を受けられない可能性が高い。

 兵站線が信用できないという点では同じだが、それが悪意を持った人間か、悪意を持っているであろう神かという違いだ。結果がどう変わるかは、それこそ神のみぞゴッド・知るオンリーノウズってところだな。


さて。


「いいぞケルフ! 人間様の力を思い知らせてやれ!」

「犬コロに賭ける奴はいねえか! いまならオッズ10対2だ!」

「ケルフに銀貨五枚だ!」


 ああ、もう……うるせえな。

 闘技場の観客席に詰め掛けたのは、ガラの悪そうな冒険者たちが五十人ほど。ギルドの込み合う時間に顔を出したことはほとんどなかったが、領府の冒険者はこんなにいたのか。どいつも低ランクでくすぶってるのが丸わかりの貧相なツラした中年ばかり。おまけに半数近くは、明らかに酔っぱらってやがる。

 賭け屋のジジイに自分への賭けを申し出たんだが、参加できるのは人間様だけだと断られた。クソが。


「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」


 最もガラが悪そうな一角では、“殺せ”コールが始まってる。一応、建前としては殺しちゃダメなんじゃねえのかよ。


「身の程をわからせてやる。ケダモノには躾が必要だからな」


 俺の前でニヤニヤ笑ってるのは、薄汚い斧持ちの巨漢。こいつの名前がケルフらしい。それはどうでもいいが、なんでかその横で長剣を肩に担いだクズがふんぞり返ってるな。


「おい、俺はこいつらふたりを相手すんのか?」


 観客席の端に立つ受付嬢は、小馬鹿にした顔で犬でも追い払うように手を振った。


「ジェルマさんは、ギルドの立会人です」

「ほお? が起きないように、ってか」


 こいつ自身が、その“事故”を引き起こそうとしてるのは見えみえだ。

 ジェルマというらしい差別主義者レイシストは、エラそうな顔で胸元にギルド証をひけらかす。こいつがランク? 孤児院のシスターと同じ実力者とは、とうてい思えん。

 まあ、いいか。早く終わらせて休みたい。

 肩をすくめた俺が抗議をあきらめたとでも思ったのか、ジェルマは観客席まで届く声で吠える。


「よく聞け犬コロ! ランク冒険者であるケルフの攻撃を、一分しのげば合格だ!」

「「「おおおおおおおおぉ……ッ!」」」


 なにを盛り上がってるのか知らねえが、一分も付き合ってやる気はねえよ。

 こっちはクタクタで血も足りねえんだ。悪いが、カネにもならねえ揉め事はさっさと終わらせてもらう。

 リボルバー切り札を見せてやる気はないので、見せ札ブラフの短刀を抜いて左手で構える。こちらの武器を見て、ジェルマとケルフは嬉しそうに顔をゆがめた。


「はじめ!」


 受付嬢の号令とともに、ケルフが斧を横薙ぎにする。

 一発目は様子見と思っていたが、想像以上にお粗末な相手だった。間合いも遠いし、速度も遅い。若手をビビらす威嚇のためか?


「おらああああぁッ!」


 ブンブンと振り回される斧を、こちらは最低限のステップだけで避ける。一発目は威嚇じゃなかった。こいつ、自分の間合いもわかってない。

 ケルフの実力不足もあるにはあるが、身体能力の高い獣人相手に斧持ちを当てるのがそもそも間違いだろう。新人の“盾使いシールダー”あたりなら、こいつでも馬鹿正直に打ち合ってもらえたかもしれねえのにな。

 このまま逃げ切れば……いや、解放されるわけもねえか。


「残り一分二十!」

「ギャハハハハハハハ……!」

「笑わすなよリサ! 伸びてんじゃねえか!」

「がんばれ犬コロ! 逃げてばかりじゃ、いつまでたっても終わらねえぞ!」


 なるほどな。なぶり殺しが目的のときは、ギルド側の裁量で制限時間が好き勝手に伸ばされるわけだ。

 獣人差別主義者の受付嬢は、リサという名前だとわかった。借りは返す主義だからな。後で必ず、思い知らせてやる。


「おらあッ!」


 斧持ちケルフは相変わらず、全力で振り抜くだけだが。長剣持ちのジェルマが俺の死角に入ろうと動き始めた。わかりやすいな。

 ふたりを視界に収めるように位置取りをしながら、こちらもジェルマと観客席から死角になる瞬間を探る。


「はあッ! ざけ、や……はあッ! にげ、……な!」

「なにを言ってるのかわからん」


 ケルフは息を切らし、全身から大量の汗を噴き出している。俺の動きに苛立ったジェルマも、連携を無視して強引に手を出そうとし始めていた。

 俺とジェルマの間にケルフが重なった瞬間、俺は左手で短刀を振るいながら右手に天恵神器セイクリッドを出現させた。


「おらああぁ……!」

「ウオオオオオオオオオオォン!」


 全力の雄叫びに合わせて、デカブツの膝を撃つ。観客席の絶叫もあって、銃声に反応するものはいない。

 人狼の雄叫びと顔の前で振られた短刀に気を取られたまま、ケルフは膝をついて転がる。そこでようやく、自分が膝を砕かれたことに気づいたようだ。


「あ、あ! あああッ⁉ ああああああぁッ!!!」


 銃は消したので、なにが起きたのかは誰もわかっていない。観客たちも受付嬢リサも、ジェルマも、当のケルフ自身もだ。


「ぎゃあああああぁッ!」


 ケルフは痛みにのたうち回り、悲鳴を上げながら身もだえる。立ち上がるどころか、すぐに声を上げることもできなくなる。


 被弾個所からの出血は、あまりない。銃弾は抜けていないな。膝に残った銃弾は耐え難い痛みを与え続け、さらには鉛中毒も引き起こす。

 この世界の医療技術は天然薬を調合する程度のものでしかなく、魔法による治療は千ドル金貨単位でカネがかかる。ランク冒険者には払えない。


 こいつは、もう終わりだ。


「まだ続けますか、?」


 せいいっぱい無垢な笑みを浮かべながら、俺はジェルマに笑いかける。視線で圧を掛けながら、これ以上やるつもりかと問う。

 目を泳がせたジェルマは、泡を吹き痙攣するケルフを見た。


「こちらは構いませんよ。いつでも、


 受付嬢は、まだやれと言うだろう。観客席の連中は、最後までやれとはやし立てるだろう。でも、そうなったとき次にこうなるのはお前だと教えてやる。


「……そ、それまで! 勝者、バレット!」


 “天の狩人”は、野良犬に膝を屈した。

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