第9話 狩人の罠

「買取をお願いします」


 疲れた身体を引きずって冒険者ギルドに戻った俺は、カウンターの受付嬢にゴブリンの討伐証明部位である左耳と魔珠を差し出す。

 他のゴブリンは神の御許みもとに召され、穴掘森猪ディグボアは孤児院に置いてきた。いま売れるものは、これだけだ。


「ゴブリン、ですか。もしかして“沈黙の森”に入りました?」

「はい。浅いところだけですが」

「子供が、単身ひとりで?」

「いえ、正規の冒険者ですよ」


 やけに絡んでくるが、トラブルは勘弁してくれ。今日は、もう気力も体力もない。  

 受付嬢はキツそうな印象の若い女で、名前も知らない。俺は朝の空いてる時間にしか来ていなかったから、カエラ嬢以外とはあまり面識がない。

 受領確認に必要だろうと出しておいたギルド証を見て、受付嬢が表情をゆがめた。


「……登録したばかりでランク?」

「はい。木製カード仮登録での実績を評価してもらえたようです」


 俺は心のなかのチンピラを押さえつけ、殊勝な態度で対応する。執拗な詮索とあからさまな侮蔑に、そろそろ我慢も限界だ。

 さっさと手続きを終わらせなければ、銃を抜いてしまいそうだ。


「……まあ、いいですけど」


 鼻でわらいながら差し出されたのは、銀貨一枚と大銅貨三枚。十三ドルってところだ。討伐証明部位ひだりみみが大銅貨五枚で、魔珠が大銅貨八枚。バレットの知識と照らし合わせても、これが適正価格のようだ。ゴブリン狩りが割に合うかは、実力と装備ぶきによるな。


 ギルドの簡易宿泊所が一泊で大銅貨一枚、三食の飯が切り詰めて大銅貨三枚。今後は傷薬や回復薬などの消耗品も買わなければいけない。武器や防具もだ。装備の手入れや修理の費用も必要になるので、冒険者がカネを貯めるのも簡単ではない。

 仕事の後に気が緩んで酒や飯や女に散財して、次の依頼を失敗する連中は何人も見てきた。


「どうも」


 疲れた身体を引きずり簡易宿泊所に向かおうとする俺に、受付嬢が後ろから声を掛けてくる。


「話は終わっていません。いまから戦闘の実力試験を受けてください」

「あ?」


 もう気づかいをする余裕もなく、俺は思わずチンピラめいた態度で睨みつけてしまう。

 振り返った俺は、すぐに状況を理解した。受付嬢の前に、見覚えのある男が立っていたからだ。


「犬コロが一匹でゴブリンを狩ったなんて、誰が信じるかよ」

「そうだそうだ!」


 ニヤニヤと薄笑いを浮かべているのは、長剣を抱えた冒険者。今朝がたガキどもと一緒に絡んできた、獣人差別主義者の男だ。

 その横でヘタクソな相槌を打つのは、薄汚い斧持ちの巨漢。これはもう、胡散臭いなんてもんじゃねえ。


「しかも登録初日にEランク? 不正を働いたとしか思えねえ」

「そうだそうだ!」


 なんだ、そのブサイクな小芝居は。呆れて受付嬢に目をやると、こちらも嫌な目で俺を見る。


「冒険者ギルドでは、あなたに能力詐称の疑いがあると判断しました」

「おい待て。ランクを判断したのもギルド証を出したのも、ここのギルドだぞ? 疑うならカエラさんに確認を……」

「この件に彼女は関係ありません。それに、もう退勤しています」


 なるほど。ここにいる他の受付嬢も、冒険者たちも。獣人差別主義者“天の狩人”のクズってことか。

 いつかこうなることは予想していたんだが、まさか初日から……それも疲労のピークで的中するとはな。


「で?」


 もう無害な小僧を装う意味もない。俺は素のままで馬鹿どもと対峙する。

 その“実力試験”とやらでなにをやらせるつもりか知らんが、痛い目に遭いたいなら望み通りにしてやるだけだ。


名前:バレット

天恵職:銃器使いガンスリンガーLV1

    所有ポイント:13P(LV2の必要ポイント:32P)

天恵技能スキル忍び寄りスニーク

天恵神器セイクリッド隠し持つための銃コンシールド・ガン

    所有弾薬:10(弾薬購入ポイント:1P/一発)

天恵神託オラクル:死を糧とせよ


 銃弾を10発購入。せっかく溜まったポイントが、また10も減っちまった。

 さすがに殺しちゃマズいんだろうが、あいにくガンってのは剣や拳ほどには加減が利かない。万が一のときには、こちらに責任が来ないように釘を刺しておくか。


天恵神器セイクリッドの使用は可能ですが、が起きても文句を言わない魔導契約書に署名を」

「お、おう」


 まさか向こうから言い出してくれるとは思わなかった。受付嬢が差し出した羊皮紙の内容を確認して指を当てる。内容は、ほぼ俺が望む通りのものだった。おまけに、この契約の保証先は教会というから笑えてくる。

 魔術によって俺と男たちふたりの署名がされ、契約が為された。


「では、闘技場へ」


 面白そうな顔で見ていた周囲の冒険者たちが、歓声を上げてあちこちに駆けだす。


「おい! 面白れえ見世物が始まるぞ!」

「ソリスたちを呼んでこい!」

「賭け屋のジジイもだ!」


 野次馬を呼びに行ったのはわからんでもないが、こんなことで賭け屋まで出るか。


「なあ、俺が自分に賭けんのはアリなのか?」


 俺が笑いながら訊くと、受付嬢は血管がブチキレそうな顔で睨みつけてきた。

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