第7話 ワイルド・ボアード

――無理だ。


 俺は頭のなかで、冷静に判断を下す。

 バレットの知識によれば、穴掘森猪ディグボアは体長が百八十センチ近い巨大なイノシシだ。魔物ではなく、ただの獣。元いた世界のイノシシとほぼ同じ生き物だ。

 だからこそ、わかる。短銃身拳銃スナブノーズでイノシシは殺せない。命中率も低いし、射程距離も足りない。そもそもエネルギー量の低い38スペシャル弾では、当たったところで致命傷にはならん。

 せいぜい追い払う程度の効果しかないが、あの興奮状態ではそれも難しそうだ。


「グルルルルゥ……ッ!」


 俺は背筋を伸ばして両手を広げ、穴掘森猪ディグボアを真っ直ぐに睨みつける。身体を大きく見せて、せいいっぱいの威嚇。

 あまり意味がないことくらい、わかってる。息をつく時間が稼げれば、それでいい。


 脳裏に一瞬、シェルの顔が浮かんだ。

 ああ、そうだな。あきらめが早いのは年寄りの悪癖だ。俺はともかく、バレットはまだ若い。妹分を残して死ぬわけにもいかない。

 一緒に暮らすと言った約束だけは、なにがあっても守らないとな。


 自分と穴掘森猪ディグボアの息遣いだけが聞こえてくるなか、銃の撃鉄ハンマーを起こして、両手でしっかりと狙いをつける。照準器サイトも、照星フロントはぞんざいな突起で照門リアは銃の上面に掘られたミゾでしかない。

 そもそも、狙い撃ちする銃じゃない。隠し持てるのだけが強みで、用途は至近距離での護身や暗殺。言ってみりゃ、不意打ち専用だ。


 突進しようと身を震わせた瞬間、俺は穴掘森猪ディグボアに向けてトリガーを引く。


「ブモオオォ!」


 一発目は、鼻に当たった。イノシシの身体では、やわらかい急所。これで逃げてくれれば。せめて怯んでくれればよかったんだが、見たところ怒りを煽っただけだ。

 二発、三発、四発。ダメだ。五発目も、ぜんぶ当たってるってのに、突進を止められない。


 一瞬よろめいた動きにタイミングを狂わされ、わずかに回避が遅れた。

 飛びのいた瞬間、わき腹を削られた。緊張と興奮で痛みは感じない。熱くて痺れている感覚だけ。目線を切ったら襲われる。傷を確認する余裕はないが、腰に冷えた感触が広がってゆく。出血によるものだとしたら、そう長くはもたない。おまけに、銃は弾切れだ。


名前:バレット

天恵職:銃器使いガンスリンガーLV1

    所有ポイント:23P(LV2の必要ポイント:32P)

天恵技能スキル忍び寄りスニーク

天恵神器セイクリッド隠し持つための銃コンシールド・ガン

    所有弾薬:5(弾薬購入ポイント:1P/一発)

天恵神託オラクル:死を糧とせよ


――弾薬を、左手に。


 心で念じると、手のなかに弾薬が現れた。穴掘森猪ディグボアを見据えたまま、手探りで銃に装填する。

 手探りで近くの木に寄り掛かりながら、もう一度銃を突きつける。イノシシはこちらを見て唸り声を上げた。頭と鼻と目から血を流しているのに、弱っているようには見えない。


――逃げられねえなら、ハラを据えろ。


 ディグボアが動き出した瞬間、覚悟を決めて前に出る。迷いなく突っ込んでくるイノシシの右側、血でふさがってる目の側に飛ぶ。

 すれ違いざま目玉に一発。悲鳴のような怒号のような、甲高い金切り声を上げながら、こちらに向き直ろうともがく。右へ右へと必死に回り込んで、死角から首筋に三発。一発は当たり、一発は外れ、一発は逸れて頭蓋骨に弾かれた。

 獣の息遣いが荒くなり、鼻息が顔に掛かる。足がもつれて、上手く回り込めない。足の力が抜けて、思わず膝をつく。同時に、穴掘森猪ディグボアも横倒しに転がった。


「ブゥモオオォオオォ……」


 イノシシは最期の力を尽くして足掻き、血を噴きながらも必死に牙を突きかけようとする。俺は喉元に銃口を突き付け、心臓めがけて最後の一発を叩き込んだ。

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