第6話 穢れた供物

 “沈黙の森”の外延部まで来ると、生き物たちが息をひそめる気配が感じられた。


「ギャギャギャギャギャギャ……」

「オオオオオオオォ……ッ」


 そのなかの例外が、森の奥から響くやかましい鳴き声と唸り声。あれが今回の標的、食屍緑鬼ゴブリンの騒ぐ声だ。

 俺の知る拳銃の性能と威力から、バレットが導き出した最も現実的なまと。要するに、大きさと運動能力と生命力が人間に近い生き物だ。


 短弓は神に没収されたが、まだ短刀は残っている。拳銃弾で即死させられなかったとしても、動きを止めればとどめは刺せる。

 問題は、数だな。ゴブリンのような群れる魔物は、脅威度がその数で変わる。通常は五から十体で行動し、それが集まってより大きな群れになる。“沈黙の森”でも奥地には最大で数百体の大群がいるらしいが、森の浅い位置まで出てくるのは追放個体ハグレと呼ばれる飢えて弱ったものだけだ。


 五連発リボルバーいまの武器で一度に倒せるのは、最大でも五体。単身で無理はできない。六体以上の群れならば手を出さず見過ごすことに決めた。

 周囲を探りながら歩くうちに、バレットの嗅覚が獲物を捉えた。


“ゴブリンの臭い”


 臭気が近づいてくるのは、森の奥からだ。俺は待ち受ける位置を決め、木の上に登って気配を殺す。

 手足が震えて、鼓動が高まる。いままでバレットは、鳥やウサギ以上の鳥獣を狩ったことがない。獣人であろうと子供で単身となれば、ゴブリンとは出くわさないように避けるのが定石セオリーだった。


 ここからは、俺にとってもバレットにとっても、初めての狩りになる。


 しばらくして、茂みを掻き分けながらゴブリンが現れた。雑多な武器を持った、四体の群れ。他の群れと揉めたか、別の魔物にでも襲われたのか。それぞれ傷を負って怯え、苛立ち、疲弊している。


「ギャギャッ」

「……グギッ……!」


 群れのなかでいさかいが起き、傷のひどい一体が棒で殴られた。倒れたそいつを置き去りにして、三体が離れてゆく。

 なにがあったのか知らんが、おあつらえ向きの状況だ。


 静かに木を下りると、忍び寄って頭に短刀を突き立てる。小鬼はビクリと痙攣して、すぐに動かなくなった。神の意思を無視することになったが、倒れたままのゴブリンに銃弾を浪費できない。ここで銃声が響けば、残る三体に気づかれる。

 ポイントにカウントされないなら、それでもいい。


「……ギ?」


 森の先で、異変を察したような反応があった。ゴブリンは思ったよりも勘が鋭いようだ。人狼の強みを生かし、音を殺し気配を消したまま姿勢を低くして真っ直ぐに近づく。“天恵職”とともに忍び寄りスニーク天恵技能スキルも得ていたが、初めての殺し合いで検証することになるとはな。

 スキルのおかげか獣人としての身体能力か。手が届くほどの距離になるまで、ゴブリンたちはこちらに気づかなかった。


「ギャ……ッ」


 声を上げかけた小鬼のこめかみに、銃を突き付けて一発。それで膝から崩れ落ちた。

 振り向きざま二体目の喉に一発。弾丸が後頭部に抜けたか、息とともに生気が抜けた。三体目は眉間を狙ったのだが、わずかにかわされ着弾が逸れる。側頭部から血を噴きながら動きは止まらず、後ずさったゴブリンがなにか叫ぼうと息を吸い込む。

 もう一発、撃つべきか。弾薬が乏しいなかで、貧乏性が発射をためらわせる。


「……ギ」


 短刀を抜きかけたとき、こちらを見ていたゴブリンの目から光が消える。そのまま仰向けに倒れ込んで動かなくなった。

 苦しませたいなら腹を、殺したいなら頭を。小口径拳銃を使うときの基本だが、魔物の生命力は人間よりわずかに高いようだ。


 ゴブリンの死骸が、次々と光に包まれて消える。懸念していたように、消えたのは銃で仕留めた三体だけ。短刀で殺した最初の一体は残ったままだ。

 注文と違うから貢物みつぎものとして認めないってか。思った通り狭量きょうりょうな神だが、奪われないならそれはそれで結構。

 俺は討伐証明部位の左耳を斬り落とし、胸をえぐって魔珠を取り出す。買い取り用の素材をボロ切れでくるむと、背負い袋に入れた。


名前:バレット

天恵職:銃器使いガンスリンガーLV1

    所有ポイント:12P(LV2の必要ポイント:32P)

天恵技能スキル忍び寄りスニーク

天恵神器セイクリッド隠し持つための銃コンシールド・ガン

    所有弾薬:7(弾薬購入ポイント:1P/一発)

天恵神託オラクル:死を糧とせよ


 ゴブリンは一体で3ポイントか。こいつを獲物に選んだバレットは正しかったな。あと何体か仕留めてポイントを稼ごう。


 血の臭いと銃声に気づいたんだろう。ゴブリンが喚きながら寄ってくる音が聞こえてきた。いまから木に登っても見つかるだけだ。忍び寄りスニーク天恵技能スキルを信じて木陰に身を沈め、空の拳銃に銃弾を五発、装填する。


「ギッ!」

「ギャッ、ギャギャギャギャ」


 現れたのは合計で七体の群れ。所有弾薬と同じ数だが、装填した五発では倒しきれない。

 俺は“天恵の掲示板ステータスボード”に触れて、3ポイントを弾薬に変換する。所有弾薬は10発。ポイントは9に減った。


「ギャギャッ、ギャ」


 短刀で殺したゴブリンの死骸を発見して、なにか騒いでいる。仲間を殺した報復でも叫んでいるのかと思ったが、バレットの意識がそれを否定する。

 魔物に仲間意識はないようだ。二体が死骸にかじりつき、死肉をむさぼり始めた。残る五体は襲撃者こちらを探すつもりなのか、散らばりながら周囲を見渡している。


「……ギャッ!」


 かがみ込んだゴブリン二体の背中、人間でいうと心臓のあたりを撃つ。反り返って振り向いた目に、驚きと怒りが浮かぶ。人間より生命力が高いことはわかっているので、素早く身を引いて大きく距離を取った。


「ギャギャアアァッ!」


 ゴブリンたちは唸り声を上げながら向かってくるが、すぐに動きが鈍り始める。足から力が抜けてパタリと倒れ、二体ともそのまま動かなくなった。

 死亡を確認しようと近づいた俺は、走ってきたゴブリンと出くわしてしまう。


「……ギャーッ!」


 みぞおちに一発叩き込むと、ゴブリンは鉛ダマを喰らった驚きで飛び上がった。逃げようとして足をもつれさせ、転がったまま荒い息を吐いて呻く。銃には残弾が2発で、まだ健在な敵が四体いる。撃った個体の無力化を確認している時間はない。


「ギャアアアアアアアアアァ!」


 残るゴブリンが雄たけびを上げて、二方向から二体ずつ向かってくる。

 これは無理だ。全部を倒すことはあきらめ、脅威度の高い順に一発ずつ撃ち込む。最も近くにいた個体と、錆びた手斧を持った脅威度の高い個体だ。どちらも仰向けに転がったが、まだ死んではいない。

 あっという間に五体を倒され、残る二体が怯みを見せた。その隙に踵を返すと、俺は全力で距離を取る。木立を駆け抜けて大きく回り込み、手近な茂みに飛び込んだ。

 銃のシリンダーを開いて空薬莢を捨て、手持ちの弾薬五発ぜんぶを再装填して気配を探る。鳴きわめく声は聞こえたが、こちらまで追ってくる様子はない。


 “天恵の掲示板ステータスボード”のポイントは9のまま変わらず。手負いのゴブリンは、まだ死んでいない。


 薮から立ち上がって、逃げてきた方向に忍び寄る。死にかけの獲物を放置などしない。銃弾コストを掛けた以上、ポイント利益を得なければ意味がない。


「……ギ、ィ……」


 さっき撃ったゴブリンが倒れていたあたりで、見慣れた光が瞬く。いけ好かない“ガンスリンガーの神”が、にえを得た証拠しるしだろう。

 ようやく死んだか。光ったのは全部で四。差し引きすると、まだ生きてるのが二体に、死にかけが一体いる。


 バレットが無意識に、小さく鼻を鳴らす。それで無事なゴブリンが、近くに隠れているのがわかった。えた汗と垢と体臭、そして隠し切れない恐怖の臭い。


「グルルルルルゥ……ッ」


 俺は人狼の本能のまま、威嚇の唸り声を上げた。

 獣や魔物は、力の差を敏感に察知し、理解する。生き残ったゴブリンは、追うものから、追われるものへ。立場が変わったことを思い知ったのだ。

 ガサリと茂みが揺れ、必死で逃げようとする二体のゴブリン。その背中に一発ずつ、冷静に狙って銃弾を叩き込む。被弾しても逃げ続けるのは、恐怖と興奮でアドレナリンが出ているからだろう。

 一体は駆けていった先で蹴つまずき、転がって痙攣を始める。もう一体は足を緩めると、くにゃりと膝をついて土下座するように倒れた。

 傍らでひとつ。逃げていった先でふたつ。光が瞬いて、神が追加の“かて”を受け取ったことがわかった。


名前:バレット

天恵職:銃器使いガンスリンガーLV1

    所有ポイント:30P(LV2の必要ポイント:32P)

天恵技能スキル忍び寄りスニーク

天恵神器セイクリッド隠し持つための銃コンシールド・ガン

    所有弾薬:3(弾薬購入ポイント:1P/一発)

天恵神託オラクル:死を糧とせよ


 所有ポイントはLV2まで2ポイントのところまできたが、追加の弾薬が必要だ。やむを得ず7ポイントを消費して、所有弾薬を10に戻す。

 シリンダーにフル装填したところで、全身の毛がゾワリと逆立つような感覚があった。


“まずい、穴掘森猪ディグボアが……!”


 バレットの意識とともに、巨大な獣が突進してくるのが見えた。

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