第5話 まとわりつくもの
「にーたん、がんばるにゃ!」
「ああ。お前もがんばれ。たまには孤児院にも顔を出す」
「あい!」
シェルは明るく答えて立ち去る。無理をしているのはわかるが、それも俺を気遣ってのことだ。兄貴分としては、その心意気に応えるしかない。
せっかく正規の冒険者になったんだ。狩りに出て自分の“天恵職”がどれほどのものか試してみるか。
ふつうの冒険者であれば、ここで今後のために装備を調達という流れになるんだろうが……幸か不幸か俺には無用だ。狩りで役に立ちそうな弓は神に没収されてしまった。追加購入したところで同じことだろう。
領府の周辺で狩りに向いた場所は、北にある“沈黙の森”か、東にある“アキリア湿原”。湿原の方が危険は少ないが、低ランクの冒険者がウロウロしているので派手な音が出る銃を使いたくない。
となると、“沈黙の森”だな。せっかく孤児院から領府まできたっていうのに、半日も経たずに戻ることになる。だったらシェルを送っていけばよかったと思わなくもないが、あれで良かったんだと考え直す。あのまま一緒にいたら、彼女なりに決めた覚悟が無駄になっていた。
北門に向かって通りを歩いていると、妙な違和感があった。
新しい暮らしにワクワクしているはずなんだが、なぜか気持ちが揺れ、心が軋む。それがなんなのかわからず、危険の兆候かと周囲を見渡すが、なにもない。
「……?」
頭で状況を整理して、ようやく腑に落ちた。
朝の薬草納品とお使い程度でしか来ることのなかった領府に、ひとりきりでいる寂寥感。これからずっと、この暮らしが続く不安感。
違和感の正体が一種のホームシックなのだと理解して、思わず苦笑する。前世で老いぼれだった自分には、久しく……あるいは一度も、感じることのなかった感情だ。
これまでバレットは、ずっとシェルと一緒だったからな。
そもそもこの獣人少年は、カネと義妹の心配ばかりで自分の気持ちに無頓着だ。最初の一歩を無事に踏み出してようやく、内心と向き合えたんだろう。
俺にはその若さと真っ直ぐさが微笑ましくもあり、切なくもあった。
「おい犬コロ!」
北門が見えてきたとき、いきなり怒鳴りつけられて思わず眉をひそめる。
近づいてくる奴を見ると、こまっしゃくれたガキが三人に、少し年長の男がひとり。みな冒険者のようだが、どの顔にも見覚えはない。バレットの記憶にも思い当たる相手はいないのだが……。
「誰だお前?」
そう言うと、怒鳴ってきたガキが顔を真っ赤にして怒り始めた。
なんなんだよ、こいつ。
「ふざけんじゃねえぞ、てめえッ!」
罵りながら殴り掛かってきたが、あまりに遅すぎるので相手にならない。手は出さずに
「逃げてんじゃねえ! 卑怯なケダモノが!」
笑わすなよクソガキ。黙って殴られてやるワケねえだろうが。
殴り合いをしたこともないのか、こっちが二、三度避けただけで息が上がっている。見た目からして“天恵職”を受けててもおかしくない
「ああ、わかった」
こいつら、教会で“天恵の儀”を受けたときに絡んできたガキどもだ。“天の狩人”とかいう、獣人差別主義者の。顔は全く覚えてなかったけどな。
「で? なんの用だ」
「薄汚い獣人ごときが、神聖な領府に入ってくるな!」
意味がわからん。こんなチンケなド田舎が、いつから神聖になったんだ?
「ずいぶん威勢がいいじゃねえか。前のときは、睨んだだけで逃げてったのになあ?」
「なにッ!」
数を
「使えそうな“天恵職”を手に入れて、強気になったのか? それとも、仲間を集めて兄貴分の手を借りて、人目のある街中でならどうにかなるとでも思ったか?」
図星だったのか、当てが外れたのか、俺の反応が予想と違ったのか。どいつも急に腰が引け始めた。俺が睨みつけると、口ごもり目を泳がせる。
あまりの哀れさに、俺はため息を吐いた。
「殺し合いがしたいなら人目のない場所で、能書きなしで黙って襲え。その覚悟があるなら、いつでも相手になってやる」
ガキどもは兄貴分に目配せするが、なんでか年長の男も動こうとしない。こちらが立ち去ろうと背を向けても、追ってくる様子はなかった。
「ったく、なにがしてえんだかなあ……?」
なぜか拭いきれない嫌な予感を振り切って、俺は領府の北門を出た。
“糧”となる死を“ガンスリンガーの神”に捧げるために。
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