第2話 潜泳者試験

会場は思ったよりも広かった。

木と木を組み合わせて作られた巨大なドーム状の建物は天井がなく空の明るさを一心に取り入れている。ドームの中心にはぽっかりと青黒い穴が開いておりそこが海への入り口となっているようだ。僕も含め周囲の受験者全員が海の見た目に息を呑む。


「みなさん、本日は集まっていただきありがとうございます。当受験を担当させていただきます古岡修司ふるおか しゅうじと申します。いかにも堅実そうな眼鏡が似合う男性が声をあげる。一瞬ざわっとした空気になったあと会場内は静まり返った。


「ご存じの通り今から潜泳者試験を開始したいと思います。試験内容は主に3つ。」古岡は右手を前にだし指を3本掲げる。

海中駆動力ダイブパワー試験。通称DPと呼称される数値を測るテスト」


海中潜泳槍トライデントの技術試験。こちらは海中生物に対抗するためには欠かせない武器になるものの技術を測るテスト」


「最後にスーツ適正テストです。スーツといっても様々な海中生物由来のものがあるのでどれが向いているかを測るテストです。」


まずは同じスーツを着てもらいます、といい受験者の前に黒いスーツが運ばれてきた。

鋭利な突起が表面に張り付いており所々に赤い斑点があることから海虎マリンバルーン由来のものであるとわかる。たしか強力な毒を持ち、危険を感じ刺を体から出したときには最低でも5人は死ぬとか...?

「スーツ着用がはじめての者も多いでしょうが比較的癖のない動きやすいスーツですのでご安心ください。今からみなさんにはこちらのスーツを使って我々が海底に隠した模擬文明跡もぎテッカーを見つけ出してもらいます。」


「じゃあどうしてトライデントがあるんですか?見つけるだけなら要りませんよね?」まだ幼さの残る可愛らしい少年がそう叫ぶ。

「もちろん、海中生物がいるからです。大羽級のラマンが3匹います。討伐とはいかなくても退けるくらいはやってもらわなきゃ」ラマンは基本的に群れており近海に生息する無害な水中生物だ。だがごく稀にラマンの食事に巻き込まれ呑み込まれてしまうという事件が報告されている。

「この試験で水中作業に適正ありと見た者のみスーツの適性診断を実施します。スーツの着用が済んだものから飛び込み、作業を開始しなさい。」威厳に満ち溢れ気品のある余裕を醸し出しながら古岡はそう言う。

徐々に水飛沫の音は増えていった。



頭から水に浸かる。初めての水の感触に少し皮膚が戸惑うのを感じたが止まらず深度を下げる。皮膚を突き刺すような冷たさと宙に浮いているかのような浮遊感が僕の心を高揚させた。足をパタパタと交互に揺らすことで水中を一回転する。

雨水を貯め、それを飲んでいた僕たちには水の中で一回転するなど考えもしなかった。

陸上にはない自由さがそこにはあった。


水中の中は薄暗く目を凝らさないと周囲の状況を把握することができない。

ごつごつとした岩や草のようなもの、水中を優雅に遊泳する小さな水中生物たち。

心の中にある潜泳者への憧れが強くなっていくのを感じた。


潜泳開始ポイントに近いところでは他の受験者が群がるだろうと踏んで試験範囲ギリギリのとびきり深い部分で模擬文明跡もぎテッカーを探すことにした。

一度も海に潜ったことがないのにも関わらず不思議と深度がわかる。

15ラット(1500m)あまり潜ったようだ。潜泳開始ポイントよりもスーツが身を包む力を感じる。僕のからだのラインに沿ってピッチリとフィットしたスーツは水中作業をより効率的にするよう設計されているようだ。


足をパタパタと揺らし海底へと潜泳する。右手を限界まで伸ばし海底に届いた。

両足を伸ばし、海底に平行になるようにうつぶせる。試験以前に考えていた作戦で、足を使わないことで体力を温存し一番体力を浪費する<浮上>の作業に回すのだ。

両手を使って地面を掴むように移動し岩影、水中に自生する草、地面のへこみなどを探す。

「見つからないな...」そう思い別のポイントに移ろうとしていたときだった。

岩と岩の隙間にきらりと光る何かを見つけた。警戒しつつ岩をどける。

水中にあるごつごつとした岩とはまた違った岩のようなものだった。

橙色とも赤色ともつかないような濁った色をしたその岩は明らかに他のものと違った。もしかしたら本当の文明跡テッカーかもしれない。持ち上げるととてつもなく重かったため左手に持っていたトライデントを背中に掛け、両手で抱き抱えながら浮上することにした。

今考えるとここからが判断ミスであったのかもしれない。


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