第15話 軽薄な男


 「入りますよー? 攻撃しないで下さいねー?」


 「分かったからさっさと入りなさい。鬱陶しいわよ」


 酒場の中で私を監視していた人物を迎える。両手を挙げて、ヘラヘラと軽薄そうな笑みを浮かべながら入ってきた男。


 あー。これ生理的に受け付けない人間ね。見た瞬間に嫌悪感が走る。何故かは分からないけど。しかもこの男、多分強いんじゃないかしら? 


 私には強者を見極める目はないけれど、森に滞在してる時に、一目見て敵わないと思って逃げたトカゲと遭遇した時と似た様な気持ちだもの。


 ドラゴンじゃないわ。トカゲよ。翼があったりしなかったし、大きさも全長150cmぐらいだった。でも何故か、勝てない、殺されるって思ったのよね。


 流石にあのトカゲ程じゃないにしろ、この男からも手を出したら危険だというような雰囲気を感じる。


 「へへっ。感謝するっす。うひゃー、派手にやったすね。ぐちゃぐちゃじゃないっすか」


 「先に手を出して来たのはこいつらよ」


 男と喋りながら、注意深く観察する。ハーヴィーも警戒してるみたいだしね。でもこんな強そうな男が、素人の私に監視されている事を悟らせるかしら? 


 わざと? 一体なんの目的で? 考え出したらキリがないわね。見た目は本当に軽薄で弱そうなのだけれど。何故か頭の中の警鐘が止まらない。


 「それで? あなたは誰なの?」


 「俺っちはとあるお方に仕えるただの使いっ走りっすよ。お姉さんは俺達の監視に気付いてましたよね? どうやらこれから派手にドンパチやるみたいですし、勘違いされる前に接触しておこうかなと思ったんすよ」


 「使いっ走りねぇ」


 確かに言動は下っ端の使いっ走りそのものだけれど。どうしても信用出来ない。もし本当に使いっ走りなら、この男が仕えるお方はとんでもない戦力を抱えている事になるわ。


 流石に敵対するのは悪手かしら? 少なくとも今はね。


 「それで? なんの勘違いかしら? 私は『毒蜘蛛』とやらに用があるんだけど。あなたはその組織の一員じゃないと?」


 「『毒蜘蛛』と一緒にされるのは困るっすねぇ。まあ、俺っちが仕えるお方も『毒蜘蛛』には手を焼いてるんすよ。どうすか? ここは共闘でも」


 「素性が分からない男と一緒に組む気はないわよ。あなたが『毒蜘蛛』の一員じゃない保証はどこにもないもの」


 「うへへへ。信用ないっすね」


 「信用される見た目をしてると思ってるの? 鏡を見た方が良いわよ」


 あー、イライラしてきたわ。飄々と話してる感じが癪に触る。警鐘が無かったら、すぐにでも手が出てたかもしれないわね。


 「うーん。俺っちが素性を明かしたら信用してくれるっすか?」


 「信用は一生しないわね。あなたがどこの誰であろうと」


 「ま、参ったっすね」


 私の明確な拒絶に男は苦笑いする。本当に生理的に受け付けないのよ。素性が保証されても一生信用する事はないわね。


 「ちっ」


 「あー来ちゃったっすね」


 「邪魔したら殺すわよ」


 どうしようかと迷ってると、殺気だった集団が酒場付近に集まってる気配を察知した。十中八九『毒蜘蛛』の連中でしょうね。


 男は相変わらずヘラヘラしている。これぐらいならどうとでも出来る自信があるのか、演技なのか。私には分からないけれど、この顔を見てるだけで腹が立つわ。


 「放て!!」


 とりあえず集まった『毒蜘蛛』を処理しようと、表に出ようとした時。外から声が聞こえて、一斉に魔法を叩き込んできた。


 魔法。魔法よ。この世界で初めて見たわ。マジックアイテムや、私の『守護神アテナ』も魔法っぽいけど、ちゃんとしたこれぞ魔法ってのは見るのは初めて。


 攻撃されてるのに思わず見入ってしまったぐらいよ。


 私とハーヴィーには監視の男が入ってきた時点で最大硬力の結界を張っている。魔法に通用するかの実験はしてなかったけど、ちゃんと効果を発揮してるようで無傷だ。


 近くにいた男はいつの間にか消えている。気配も察知する事が出来ない。やっぱり只者じゃないわね。


 「それにしても店ごと攻撃するなんて。中々大胆な一手ね」


 生き残りがいるとかは考えなかったのかしら? まあ、確実に処理しようとするなら悪い手ではないのかしら? 私は誰かの依頼で攫うように言われてるはずだけれど。


 依頼よりメンツが大事って事かしらね。


 「私が使いたいと切望してる魔法を、こんなチンピラ達が使ってるのは腹が立つわね」


 私の『守護神アテナ』だって、悪くないわ。今ではこの才能ギフトを授かれて良かったと思ってる。それでも、やっぱり魔法は使いたいの。


 それをチンピラが使ってるのは納得がいかない。これが暴論で八つ当たりだってのは分かってるわ。


 でもムカつくものはムカつくの。あの軽薄な男と喋って気分も悪くなっちゃったし、思う存分やり返させてもらうわよ。


 「ハーヴィー。好きなだけ殺し回りなさい。なんか偉そうな奴は出来るだけ生け捕りで。それも出来るだけで良いわ」


 「ガルルルッ!」


 外には五十人以上のチンピラが集まってる。八つ当たりにはもってこいだわ。


 「む、無傷だと!?」


 「馬鹿なっ! いくら高ランクの魔物とはいえ、魔法の集中砲火を浴びて無事で済むはずが…」


 気配を探ってみるけど、やっぱり監視の視線は探れない。どこかで見てるんでしょうけど、覗き見されるのは腹が立つわね。


 これを見られるのは癪だけど、今は私の鬱憤を晴らす事に専念させてもらうわ。


 「心装顕現・ウロボロス」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る