第10話 デビュー戦


 明らかに酔っ払って下卑た視線を向けてくる毛むくじゃらな男。なんて言うか、本当にテンプレね。


 起こったら良いなとは思ってたけど、本当に起こるなんて。て、冒険者ギルドのお決まりの文句は『ギルドは冒険者同士の揉め事には関知しません』。


 冷静に考えたら意味が分からないわよね。会社で社員同士が揉めてても無視って事でしょ。組織としてダメよね。これだから、冒険者は野蛮な人間が多いとか言われるのよ。


 まあ、その冒険者になろうとしてる私も私だし、冒険者ギルドはそういうものだって言ってしまえばそれまでなんだけれど。


 「ええっと…。ごめんなさい。誰か通訳してくださる? 私、流石にゴブリンの言葉は勉強してないのよ」


 私がそう言うと、ギルド内がしんと静まり返る。ちょっと煽るのを失敗しちゃったかしら? あ、大丈夫そうね。私にちょっかいをかけてきた男が青筋を立ててピクピクしてるわ。なら、続けさせてもらいましょう。


 「このゴブリンは誰の従魔なのかしら? ちゃんと教育しなきゃだめよ? 問題を起こしたら主人の責任になっちゃうんだから。このゴブリンの飼い主さんは誰かしら?」


 「てめぇ…。俺の事を言ってんのか?」


 「? ごめんなさい。やっぱり聞き取れないわ。人の言葉で喋ってもらえる?」


 「このクソアマッ! ぶっ殺してやる!」


 ふふふっ。しっかりと挑発に成功したわね。冬の間にハーヴィーに変な目で見られながら、煽りデッキを構築しておいて良かったわ。


 冒険者になるには、こういう技能は必須だと思ってたのよ。早速使う機会を得られて嬉しいわ。このゴブリンさんには感謝しないとね。


 煽りデッキを使わせてもらって、更に私の力を見せつける道化にもなってくれるんだから。


 毛むくじゃらの男、略してケムオが怒って殴りかかってくるのを冷静に避ける。森でのベストフレンドである熊さんに比べると、遅すぎるわ。


 これで正当防衛も認められるでしょう。きちんと反撃させてもらうわね。


 「は…? あ、あぎゃぁぁぁぁあ!」


 「………まぁ、こんなもんでしょ」


 ケムオが急に倒れて叫び声をあげた。周りは何があったのか分かってない様子ね。実験は成功かしら。


 「ちょっと騒がしくなっちゃったし、冒険者の詳しい説明は後日でも良いかしら?」


 「ひゃ、ひゃい!」


 私はそう言って、ツカツカとヒールの音を鳴らしながら、冒険者ギルドを出た。デビュー戦は悪くなかったわね。


 人に攻撃してもなんとも思わなかったし、これで憂いなく冒険者として活動出来るわ。


 「ハーヴィー。帰るわよ」


 「グルルッ」


 ギルド前で毛繕いをしていたハーヴィーを呼んで、宿に戻る。遠巻きにはハーヴィーを見ていた野次馬がたくさんいるけど、どうでも良いわね。


 「私が出て行った後の、反応を見れないのは残念ね」



 ☆★☆★☆★



 「一体なんの騒ぎだ?」


 「ギルドマスター! それが…」


 「ん? ムーケオじゃねぇか。また酔っ払って誰かにちょっかいをかけたのか? いつか痛い目見るぞと言ってあったんだが」


 ジャスミンが冒険者ギルドから出た後。ギルドはちょっとした騒ぎになっていた。


 ちょっかいをかけたムーケオは、一応Dランクの一人前レベルの冒険者だ。酒癖は悪いが、実力はそこそこ。それが訳も分からず悲鳴を上げて倒れたのだから、ちょっとした騒ぎにもなる。


 そして知り合いの冒険者がムーケオに近付いて、小さく悲鳴をあげた。


 「ひっ! なんだこれ…」


 ムーケオの手足がぐちゃぐちゃになっていた。何かに押し潰されたようなぐちゃぐちゃさだ。


 「骨まで砕けてやがる」


 「これ、治せるのか…?」


 ムーケオの周りに人が集まってきた時に、ギルドマスターが2階の部屋から降りてきた。


 そしてギルドマスターもムーケオの惨状を見て唖然とする。


 「なんだこりゃぁ。何をどうしたらこうなりやがる。一体誰がやった?」


 「それが…」


 対応した受付嬢が先ほどの出来事をしどろもどろになりながら説明した。



 「一体どんな才能ギフトを授かってんだよ…。こんなの見た事ねぇぞ。しかも高ランクの従魔を連れてるだぁ? ダブルの可能性大だなこりゃ。優秀な人間がギルドに登録してくれて嬉しい限りだ。平気でこんな事しちまう奴だがな」


 ギルドマスターは頭をがしがしと掻きながら、ため息を吐く。


 (一つは『テイム』で確定だろうが…。もう一つの才能ギフトなんだ? 全く検討がつかねぇぞ。はぁ、とりあえず領主様に報告か。さっき使者を返したばっかりだってのによ)


 「おい。とりあえずムーケオは医務室に放り込んでおけ。治るか分からんがな」


 「は、はい」


 「お前らも。お前らが冒険者同士で喧嘩するのは勝手だかな、調子に乗るとこうなるって事をよく覚えとけ」


 ギルドマスターは周りで青い顔をしている冒険者に向かってそう言い、2階のギルドマスター室へ戻って行った。


 ムーケオは少し気の毒だが、自業自得である。いつか痛い目を見ると忠告もしておいたのだ。


 「さてと。ジャスミンね…。上流階級の人間らしいが。なんだって冒険者ギルドに登録なんて来たのかね。ただの物好きなら良いが。面倒事だけは勘弁してくれよ」


 ギルドマスターはそう言って、綺麗な紙に領主宛の手紙を認め始める。ついさっき、使者にこういう人物がいると聞かされたばかりだったのだが、こんなすぐに情報が入るとは思ってなかった。


 慣れない丁寧な言葉に四苦八苦しながら、なんとか手紙を完成させ、領主の城に送る。


 これはジャスミンが起こす様々な騒動のまだ序章にもなってない事を、ギルドマスターはまだ知らない。


 

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