第8話 始まり


 「冬も明けた…か。いよいよね」


 「グルルゥ」


 気温が下がって来たなと思ったら、一気に冷えて雪まで降って来た。


 私とハーヴィーは雪が降って来てからは、魔物狩りに行かないで、日々の訓練だけしてゆっくりと小屋で過ごした。


 そして雪が降り止み、段々と暖かくなってきた。いよいよ異世界の街デビューが近付いてきたのだ。


 「結局どういうスタンスでデビューするかは決まらなかったわねぇ」


 誰も見てないのを良い事に、小屋の中で色々ロールプレイをしてみたのだけれど。結局は素が一番って事に落ち着いた。


 ハーヴィーからの『こいつ何やってんだ?』って視線に耐えられなかったのもあるけれど。それでもハーヴィーは遊びだと思ったのか、いつも以上にじゃれ付いて来たのが印象的だったわね。


 「とりあえず自分がしたくない事はしない。誰であろうと、私の邪魔をする人達はぶっ飛ばす。このスタンスでいくわよ。その過程で死んだらそれまでの人間だったと思って諦めるわ」


 「グルルゥ」


 「ハーヴィーは、もし私が死んだらここに戻ってゆっくり暮らしなさい。この小屋はここに残しておくから。いつまで結界が作用するかは分からないけど」


 私が好き勝手やって死ぬのは、私の意思だから良いけど、それでハーヴィー死なせるなんてしたくないわ。


 まあ、私もそう簡単に死ぬつもりはないけれど。


 「さあ、行きましょうか、ハーヴィー。私達の楽しい楽しい冒険の始まりよ」


 「ガルルルッ!」



 ☆★☆★☆★



 「ルイス様。ご報告が」


 「むっ? 急ぎか?」


 「喫緊の問題ではありませんが、一応お耳に入れておいた方が良いかと思いまして」


 「聞こうか」


 ゼウルス王国エテナ公爵領。

 近くに魔境と呼ばれる魔の森が存在し、多くの冒険者や、魔物から獲れる素材を売り捌く商人が滞在する大都市である。


 その城塞都市エテナの領主であるルイスが、街の真ん中に建てられた城の執務室で書類仕事をしていると、側近が何かの報告にやって来た。


 「恐らく高ランクであろう魔物を従魔にした人物が街にやって来ました。身分証等は持っておらず、どこかのギルドで作る予定のようですが、明らかに上流階級の人間だろうという事です」


 「それで? その報告だけでは何も分からんぞ。上流階級の人間というのも予想だろう? 高ランクの魔物とやらには興味があるが」


 魔の森が近くにある事、また領主になる前は王都の騎士団に所属していた経歴があるルイスは、少しばかり戦うという事が好きだ。


 なので、高ランクの魔物と聞いて少しそわそわしたが、まずは報告を聞く。


 「はい。件の人物は女性なのですが、アイテムボックスらしきモノを所持している事、また、着ている衣服が、かなり上質で貴族が着ている服に似ている事。更に馬車がかなり豪奢であった事から、上流階級の人間だろうと、担当した警備兵は報告に来ました」


 「アイテムボックスか…。それが本物なら貴族の可能性はあるな…。劣化品なら裕福な商人でも持てるが。それで上流階級のものだろうと予想したと。それはまあ良い。その女性は一人か?」


 「はい。護衛の人物も見当たらず、従魔と女性だけで街に入って来ました。人魚の湖という宿に紹介したとの事です」


 「我が領でも最高級の宿だな。そこに宿泊出来るほどの財力もあると…」


 報告を聞いたルイスは腕を組んで考える。大都市であるエテナに一人の上流階級の人間が入って来た。


 確かに多少は気にする案件であるが、そこまで珍しい事ではない。一人というのは珍しいが、栄えてる都市なので、貴族がふらっとやって来るというのはよくある事なのだ。


 しかし、アイテムボックスらしきものに、高ランクの魔物。それに…。


 「そういえばその女性の容姿は?」


 「………奥様をお呼びしましょうか?」


 「馬鹿者。変な事を考えてるな? 俺が興味ある訳ではない。容姿も優れてるなら、馬鹿をやらかす奴が出てくると思っただけだ」


 「………なるほど」


 浮気ですか? まだ疑ってますよという視線を隠しもしない側近。上司と部下という関係性だが、これを見る限り仲が良い事が見て取れる。


 ルイスは苦笑いしながら話を続ける。


 「馬鹿がその女性を襲ってみろ。高ランクの従魔が街中で暴れる事になるぞ。正当防衛なら、街で暴れられても文句を言えん」


 「そうですね…。周辺に人を出しておいた方が良いでしょうか?」


 「うむ。上手くいけば恩も売れるしな。どこの貴族かは分からんが、恩は売れる時に売っておくべきだろう」


 「分かりました。手配しておきます。その女性についても引き続き情報収集しておきます」


 「頼んだぞ。それで、結局女性の容姿は?」


 「奥様を呼んで参りますね。失礼します」


 「だから違うと言っておろうに!!」


 ルイスは慌ててそう叫ぶも、側近はそのまま退室して行った。良く考えれば、人を手配するのだから、優れた容姿であるというのは、気付くはずなのだが。


 ルイスはそこに頭が回らず、本当に来るかどうか分からない妻への言い訳を考える事で頭がいっぱいだった。


 そしてルイスは件の女性に、これから、長い間頭を悩ませられ、胃を痛めつけられる事になるのだが。


 それはまだまだ先の話。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 これで1章の終了です。


 次章は街デビュー、冒険者デビューですね。1章はちょっと説明の話が多くなっちゃったから、2章からははっちゃけたい。


 話を修正しつつ、そんな事を思ってます。


 ではではまた次章で〜。

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