世界で一番愛する貴方へ

ねりあめ

ドクドクとした脈を打つ音が全身を駆け巡る。脳はチカチカとまるでフラッシュライトのような刺激を感じていた。持久走を走り終えた時みたいに心臓が痛む。僕は君を殺した。しかしそんな事は大した問題では無い。やっと喉から手が出るほど欲しかったものを手に入れられるのだから。


僕と君は確かに愛し合っていた。普通の恋人で、普通の大学生で、普通の生活をしていた。確かに少し質素だったかもしれない、ボロくさいアパートの借家で僕と君は暮らしていた。幸せに。 僕は君が好きだ。君のその幸の薄い顔立ちも少し高めの声も真っ白な肌もはにかむ様に笑うところも人見知りだけど優しいところも。特に君の放つ言葉が好きだった、愛していた。

君を初めて知った日。初めて大学で君の文章を、表彰されていた小説を見た時 、僕は衝撃を受けた。こんなにも美しい文章を書く人がいるのかと、全身が震えた。美しいという一言で表していいのかとさえ思った。君が書く文には見惚れてしまう。不思議と人を感動させる何かがあった。羨ましいとさえ思った。美しさを罪にするならばきっと君は終身刑だったと思う。君は僕を好きだと言っていたけれどどこが好きかは照れて教えてくれなかったっけ。


君は文を書いていた。何を書いていたのかはよく分からない。レポートでも日記でも小説でもないらしい。一度も見せてくれたことは無かったから僕には分からない。

君が好きで好きでたまらなくて、君の言葉が見てみたくてたまらない。きっとたまらなく美しくて綺麗で心臓が震えるんだろうなと思う。初めて君を知ったあの日の感動をまた味わいたかった。僕は君の、君の言葉の虜になっていた。

日を重ねるうちに君の文章をたまらなく手に入れたくなってしまった。見たい、読みたい、欲しい、手に入れたい。

いくら頼み込んでも君は見せてくれなかった、君の言葉への愛を熱弁したって何でもすると頼み込んでも「ダメだよ。」の一言だった。君が悪かったんだと思う。見せてくれればよかったのに。僕は君の言葉に狂っていた。


そして耐えきれなくなった僕は君がいない時間を見計らって君の部屋に忍び込んだ。引き出しを開けるとノートが一冊入っていた。いつも君が大事に抱えていたノート。それを見た僕は高揚した。読みたくて読みたくて読みたくて読みたくてたまらなかった君の文章が目の前にある。胸が高鳴り汗が全身から吹き出し、興奮した。開こうとしたその瞬間玄関の鍵が開く音がした。君が帰ってきたのだ。もし君に僕がノートを見ようとしていることがバレてしまえば君はより一層このノートを見せないようにするかもしれない、一生君のその大切にしている文章を見れることが無いかもしれない。焦った。そんな事があってたまるか。君の美しい言葉を僕のものにできばいだなんて。そんな事絶対にあってはならないんだ。


僕は君を殺した。


部屋に入ってきた君を襲い押し倒し首を絞めた。呆気なかった。もうどうなっても良かった。もしもバレて逮捕されようが僕にはこのノートを読む時間はいくらでもある。なんとも言えない満足感で満ち足りていた。君の中の世界一愛している部分を僕は目にすることが出来るのだから。僕はノートに食いついた。


そこには誰かへのラブレター綴られていた。

誕生日にこの手紙をプレゼントする予定だったらしい。嫌な予感がした、でももう僕は止められなかった。無我夢中で君の文章を読み進めた。やっぱり君の文章は美しかった。感動した胸が震えた。涙した。


最後のページを見た僕は我に返った。自分の犯した失態をたまらなく憎んだ。僕が好きだったのは、愛していたのは、君の言葉より愛していたのは、君自身だったのに。


最後のページにはこう綴られていた。

「世界で一番愛する貴方へ。」

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