第160話 隕石が降ってきても、太陽が降ってきても、月が降ってきても。
「ふう、ようやく人ごみから脱出できましたね」
駅から離れた道端で、トアリは俺の背中から離脱した。
「ここからなら
俺たちは肩を並べて、トアリの家に向かう。
時刻は十一時を回ろうとしている。
「結局トアリの活動限界は一時間くらいだったな」
「ええ。でも最高記録です。あんな人ごみの中を経ての一時間は」
「へえ。じゃあちょっとは進んだのか」
「ええ。城ヶ崎くんのお陰です」
へ? と俺は間抜けた声を出してしまった。
「楽しめたので、汚染のことをあまり考えずにいられました」
トアリは俺を一瞬だけ流し目で見た。マスクでハッキリ分からなかったけど、どことなく嬉しそうな表情だった。
数十歩、沈黙が続いた。
「……俺も」
沈黙を破ったのは俺。
「俺も何だかんだで楽しめたよ。一時間しか一緒に居られなくて残念だった」
「まあ、そこは悪いとは思っていますよ」
「別にトアリは悪くなんてねーっての」
え? と、今度はトアリが声を出す。
「今後、活動限界が長くなろうが短くなろうが、俺が楽しめるのには違いないし。俺の背中なんていつでも貸してやるよ」
だから、と俺は繋げる。
「トアリはトアリのペースで行けよ。俺はゼッテー置いてったりしねーから。安心して俺を盾にしていいぞ」
「どんなことがあっても、ですか?」
「ああ」
「槍が降ってきても?」
「ああ」
「……隕石が降ってきても?」
「ああ」
「太陽が落ちてきても、ですか?」
「ああ」
「月が落ちてきても?」
「まあな」
「ゴキブリが大量に降ってきても?」
「そうなったら真っ先に置いて逃げる(笑)」
俺がつい笑ってしまうと……。
トアリもフフッと、噴き出したのだった。
「やれやれ。頼りないですねえ。ゴキブリ如きで逃げ出すなんて」
「ゴキブリほど恐いモノなんてねーだろ?」
「あー。それは確かに言えてます(笑)」
俺たちはそれぞれの波長で笑いあった。
「あと
「結婚を申し込まれても?」
「全力で逃げる(笑)」
「ですよねー(笑)」
俺たちが再び笑いあうと、
「ほっほーう。本人が居ない所で悪口を言うのはよろしくないわね、お二人さん♪」
聞きなれた女性の声に、俺とトアリはビクッと足を止めた。
そして振り向くと……。
上下黒ジャージ姿の岩田先生が、腕を組んで立っていた。
ニッコリと微笑んでいる。
どす黒いオーラをまとって。
「い、岩田先生? 何でここに?」
俺はトアリと一緒に後ずさりしつつ、問うた。
「体型維持のためにジョギングしてたら、偶然あなたたちを見かけてね~」
言うと、岩田先生はその場で屈伸をした。
「さあどうしようかしら?」岩田先生は両腕のストレッチをしながら、「あなたたち、両方とも捕まる? それとも、どちらかが捕まる?」
なんとなく、意味はくみ取れた。
俺とトアリは一度、顔を見合わせてから、
「と、トアリってチョクチョク授業サボってますよね~? その指導を今すべきでは?」
「なるほど。じゃあ
ニタッと岩田先生は笑う。
「じょ、城ヶ崎くんを捕まえるべきです!」トアリは叫んだ。「元はと言えば、城ヶ崎くんが岩田先生の話を始めたので!」
「確かにそうよね~? じゃあ城ヶ崎くん、三秒間待ってあげるから覚悟しなさい」
マジかよ、と俺は走り出した。
「日々、体型維持のために走り込んでる私から逃げられるとでも!?」
岩田先生は、陸上選手のように美しいフォームで追いかけてくる。
こ、このままじゃ確実に追いつかれる。
「あ、そういえば岩田先生!」俺は逃げながら叫ぶ。「今日も綺麗ですね! パッと見で先生って気づきませんでした! ほら、あの、朝ドラに出てる女優さんに似てますね、今日は一段と!」
「城ヶ崎くん、ワンポイントゲットよ!」
俺を指さして言うと、岩田先生は急ブレーキして反転した。
「鞘師さん覚悟しなさい! これまでサボった分の反省文を書かせるからね!」
岩田先生はトアリに向かって猛ダッシュ。
「姑息な真似ををを!」トアリは走って岩田先生から逃げ出す。「岩田先生! 城ヶ崎くんが『岩田先生って確実に婚期逃してるよな~』とか言ってましたよ!」
嘘をつけえええええええええええええええええええええええええええ!
「なんですってえええええええええええええええええええええ?」
再び岩田先生が俺を追いかけてくる。
「覚悟しなさい城ヶ崎くん! 今のでマイナス一億ポイントよ!」
なんでそんなマイナスされんの? 地雷だった?
「言ってませんって! トアリおまえ覚えとけよ!」
俺は逃げながら叫んだけど、岩田先生は止まってくれなかった。
そんなこんなで俺とトアリの買い物は幕を閉じたのだった。
……え? その後どうなったかって?
捕まったよ。
近所の公園で三十分くらいグチグチ言われたよ。
【第2部】
-おしまい-
……第3部につづく。
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