第152話 犬も食わぬ
待ち合わせ場所の駅前に、俺は制服で来ていた。
上は長袖の白シャツ。下は黒ズボン。シャツの左胸には『清』と青字で書かれた赤いワッペンが貼ってある。
(そろそろか……)
学校指定の鞄を右手に、俺は時計を確認。
現在、九時五十五分。
もうすぐトアリが来るはずだが……。
「おや
聞きなれた声が、俺の不意を打った。
いつもよりクリアに聞こえたその声は、間違いなくトアリのものだった。
「ようトアリ――」
振り向きざまに、俺は声を失ってしまった。
久しぶりに見た、ノンフルアーマー状態のトアリを見て。
マスクをしていても、その可愛さは隠しきれていなかった。
オーラがある、というやつか。周りの空間そのものが煌めいて見える。
それほど可憐な雰囲気が出ている。
その目とバッチリ合ってしまい、俺はメデューサに睨まれた人間よろしく石化してしまいそうだった。
自分とは不釣り合いなほど、可愛らしいトアリに圧倒されて。
「そっちこそ、は、早かったな……」
勘付かれないよう、俺は咄嗟に目を逸らした。
課外授業の時、髪は頬までしか伸びていなかったけど、今はあとちょっとで肩に届くほどになっている。
トアリも学校指定の鞄を持っている。上は白シャツ、下は学校指定の赤いジャージのズボンを穿いている。
ちぐはぐにダサい恰好なのに、自前の見た目の良さでそれを大きくプラスにしてやがる。
(ヤベーよ)
このままじゃ緊張してマトモに話せねーぞ。
フルアーマー状態に慣れ過ぎた……。
最悪、無言のまま買い物が終わってしまう……。
そう思った矢先のことだった。
「本当にパンダさんカラーで来たんですね」トアリはフッと笑って、「ゴキブリカラーで来ることに期待してたのに」
やれやれ、とトアリは続ける。
「人のアドバイス通りに来る男ってアレですよねえ。工夫が無いというか。つまらないというか。まあ城ヶ崎くんならしょうがないか。素朴オブ素朴で今まで女子とお出かけすらしたことないんですものね」
いつも通り、トアリは生き生きと俺に向かって毒を吐いたのだった。
(え、ええええええええええええええええええええ?)
一瞬にして可愛さで維持してた高ポイントがマイナスの域まで達したんだけどおお。え、こんなことある?
アレか、これが噂の……。
「なあトアリ」俺はもう、トアリと目を合わすことが出来るようになっていた。「俺さあ、巷で噂になってる現象を体験したんだよなー。今さっき」
「ほう。何でしょう?」
「アレだよアレ。人が蛙に見えるようになる。ええと、何だっけな~、思い出せないな~」
俺が遠回しに言うと、
「ちょっと! 失礼じゃないですか!」
だからそれをオマエが言う資格は未来永劫無いからな?
「私が蛙化現象の対象になるなんてありえません!」
なってんだよ残念ながら。心当たり無い?
「でもまあ今回だけ! 今回だけ私が蛙になったことを認めちゃいましょう!」
なんだやけに素直に認めたな。
ちょっとは成長し――
「でも城ヶ崎くんが! 城ヶ崎くんがゴキブリ化現象の始祖になることをここに認めて下さい神様!」
なんちゅうことを神様に頼んでんだあああああああああああ!
「待てええええええ! ゴキブリ化現象って何だあああ! ちょとおぉ! 止めてくんない! 偶然その辺ふらついてる神様が聞いてたらマジで俺がゴキブリの始祖になっちゃう!」
「良いんですよ城ヶ崎くんは! ゴキブリ化現象の礎となるべき人間!」
「そんな礎になってたまるかあああああああああああああ! 俺はゴキブリ化なんてしねーから! だって元からゴキブリだもん! いや違うわ間違えたああ! ゴキブリでもねえわ人間! 人間タイプ
そんな感じで、ギャーギャー言い合っていると、
「え、ねえねえあの二人」
「痴話喧嘩ってやつ?」
「可愛い~」
「若いって良いよな」
「リア充爆発しろ」
「お、
「最近付き合い始めたのかな?」
「いやあの感じだと中学くらいから付き合ってるって」
「何でも言い合える仲ってやつですね」
「夫婦喧嘩は犬も食わぬって感じね」
等と、駅前を歩く人々が俺たちを見てヒソヒソ。
(げっ……)
トアリの方も、流石にまずいと思ったようで……。
俺たちは揃って深呼吸をし、心を落ち着かせたのだった。
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