第147話 メガネのお悩み相談室⑦(sideM)
(ふう……)
ボクはひと息吐いた。そして勉強には入らなかった。
どうせまた、何者かが変な相談をしに来るだろうし……。
「お疲れ様です、メガネくん」
声を聞いただけで、誰か分かった。
教頭先生の声だった。
パッと向かい側を見ると……。
白髪で長身の老人が……黒スーツ姿の教頭先生が……立っていた。
のだけど、明らかに様子がおかしかった。
教頭先生の左半身は、メラメラと紅い炎に包まれていたのだった。
(え、えええええええええええええええええええええ?)
何気にお久しぶりですね教頭先生!
じゃなくて、どーしたんですかそのお体?
「いやー、沖縄は暑かったです」
ニッコリと言った教頭先生の左半身は、メラメラと燃え盛っている。
「流石はゴキブリが過ごしやすいほど暑い地域」
そうだとしても燃え盛るのはおかしいですよね。
北海道行った時は寒くて凍ってましたね。
そーいう体質の一族か何かですか?
「仕方ありません。気合で炎を消しますか」
教頭先生は「かあああああああああああ!」と叫んだ。すると炎は小さくなっていき、やがて完全に消え去った。
(え、えええええええええええええええええ?)
やっぱ自分で消せるのカヨ。
じゃあなんでここに来るまでに消さなかったんですか?
「はっはっはっ。驚かせてスミマセン。ちょっと『沖縄行ってたアピール』をしたくて」
なにその大型連休中にハワイ行ってたことアピるためにワザワザ日焼けする人みたいなノリ?
「では失礼いたします」
教頭先生は向かいの席に座った。
「ところでどうでした? メガネくん」
「えっ、何がでしょう?」
「ワタシが用意した刺客のことですよ」
……刺客?
「ええと、何のことでしょう?」
「ですから、先ほどサンタさんと千利休と悪役令嬢のかたがいらっしゃったでしょう? それ、ワタシが行くように仕向けたんですよ」
アンタの仕業だったんかいぃ。
ああもう! ああもう!
どーりで変だと思ったよ。
「……はあ……勘弁してください……。ホントに疲れましたよ……」
ボクはつい、本音を漏らしていた。
「そうでしょうそうでしょう」
と、何故か教頭先生はご満悦の様子。
「メガネくんには是非、早いうちに『社会の断片』を知ってもらおうかと思いましてね」
「……社会の……断片を?」
「ええ。社会に出ると、変な人に出会ったり、理不尽なことに直面したりしますからね。それは言うのは易し。ですが『伝える』のは難しいです」
そこで、と教頭先生は繋げて、
「メガネくんには、特別に体験してもらったんですよ」
「ボクに……? 特別に……?」
「ええ。メガネくんには色々とお世話になっていますし、迷惑もかけましたからねえ」
ニコッと教頭先生は笑う。
「社会について、言葉で説明を受けてもパッとしませんが……。実体験となると話は別です。メガネくん、正直な話、今回体験したことはどう思いましたか?」
正直な話、か。
「色んな人が居るんだなって……。親切にしたつもりでも、理不尽なことや不快なこと言われたり、人の話を聞こうとしない人が居たり」
でも……。
「でも話せば分かってくれる人だって居る。そんなことを『学んだ』気がします」
「そうですかそうですか」
教頭先生はとても嬉しそうだ。
「どうやら今回の体験は、百万字の文章にも勝る経験になったようですね」
言うと、教頭先生は立ち上がった。
「しかしメガネくん、これで社会を知ったつもりになるのは愚かで危険なことですよ。先ほど申し上げた通り、それは断片に過ぎませんからね」
ハッハッハッと笑いながら、教頭先生は歩き出した。
「もう夕暮れも近い。雨が降る前に帰った方が良いですよ、メガネくん」
ボクに向かってウィンクすると、教頭先生は図書館を出ていった。
「ホントだ、もうこんな時間……」
ボクは机の上を片付けて、図書館を出た。
「……雨の匂いがする……」
遠くから、雨雲が近づいてきているのも見える。
「――もしもし。――うん、今から帰るから大丈夫だよ。――うん『いつもありがとう』父さん。――ううん、何でもないよ」
電話で告げてから、ボクは田んぼ道を歩き出した。
他の皆より、ちょっと先に進めた気がした。
【第三章】
そしてゴールデンウイークへ……
-おしまい-
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