第84話 再会


 老婆は一命を取り留めた。あと少し遅ければ、危険な状態になっていたかもしれないという。

 前から具合が悪く、家族に観光を引き止められていたらしい。

 ……でも亡くなった主人との思い出の地に、思い出の日に回りたくて、無理に京都・奈良を観光していたという。


「本当にありがとうございます!」


 病室の前で、老婆の家族に礼を言われた。涙を流しながら、深く頭を下げられた。


「あ、いえ、俺たちはたまたま……な? トアリ?」


「はい。感謝はお医者さんに言って欲しいです」


 それでも家族は頭を下げ続けた。そして家族たちは病室から医者に呼ばれ、中に入っていく時も俺たちにペコペコ頭を下げていた。


「ふう……一安心だな……」


 俺は近くの椅子に座った。隣にトアリが腰をかける。


「すみません、逃げ出して……」


「ん? ああ気にすんなよ。トアリなら仕方ない……。急なことだったもんな。そりゃビックリするって。結局、俺も何も出来なかったし」


 しばらく沈黙。


「……恐かったんです……」


 トアリがポツリと言った。


「おばあちゃんが倒れた時、私のおばあちゃんが倒れたように見えて……。『また』私のおばあちゃんが死んじゃうって思って……恐くなって……」


「……」


「でもそれ以上に、もうおばあちゃんには死んでほしくないって思って……」


 ごめんなさい……とトアリは小さく言った。


「……謝ることないって」俺はトアリの背中をポンと叩いた。「結果的に、トアリのお陰で無事だったんだから」


 な? と俺は笑った。


「……まったくあなたは……ホントに、もう……」


 ありがとう……。トアリがそう言ったのが、確かに聞こえた。


「ケータイどうする? 外に出しちゃったけど」


 俺はビニールから出したケータイを片手に言った。


「ケータイなんて、また洗えば済みます。取り返しが付かないことではありません」


「……そうか……。うん……。そうだよな……」


 俺とトアリは、小さく笑い合った。

 と、ここで病室から医者が顔を出した。


「あの、中村なかむらさんがお礼を言いたいそうです」


 中村は老婆の名字で、俺とトアリに直接お礼を言いたく、病室に来て欲しいのだとか。

 中に入ると、ベッドで横になる老婆と、それを囲うように家族が居た。


「あ……あなたたち……ありがとうねえ……」


 老婆が震えながら言った。


「無事で何よりです」


 言った俺に続いて、トアリが一礼した。


「ホントにありがとうねえ……。その、そちらの赤い防護服を着たお方……」


「あ、はい」


「顔を見せてくれませんかねえ……。きちんとお礼を言いたくて……」


 え? とトアリは声を漏らした。


「あの、こいつはその……」


 すみません無理なんです。俺がそう言おうとした時だった。


「構いませんよ」


 トアリが言った。


「お、おい、トアリ……」


「大丈夫です。取り返しが付かないことではないので」


 すると、トアリはギュギュギューッと音を鳴らしながら、防護服の顔のパーツを脱いだ。


「おやおや、これは可愛らしいねえ……」


 老婆は言った。トアリはクスッと笑ってから、


「無事で良かったです、おばあちゃん」


 人前で柔らかに笑ったトアリは、とても可愛らしかった。

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