第68話 やりたいって言ってたしね


 夕飯まで旅館で自由時間になった。

 外に出るとまたシャワーを浴びるハメになるので、俺たちは夕食が運び込まれるまで部屋で時間を潰すことにした。

 俺は寝間着。トアリは部屋用の青ジャージ姿。浄化された世界(部屋)のため、トアリはマスクも帽子も被らず、ありのままの状態だ。


「京都ってケッコー色々あるんだな。足が疲れた……」


「まったくです」


 俺たちは二人して足を伸ばして座っていた。


「暇だよな……何かやること――」


 ガララ! と部屋のドアが乱暴に開かれた。


「お邪魔するわ!」


 加藤かとう律子りつこだった。やれやれといった感じでトアリがため息を吐く。


「騒々しいですね。何か用ですか?」


「ふん! 用件は一つよ! 仕方ないから今から私が夕食まで付き合ってあげる!」


 暇だから構ってってことね、はいはい。


「……別にいいけど」俺は言った。「きちんと綺麗になってから入れよ?」


「そーですそーです」トアリも続けざまに言う。「シャワーを浴びるだけではありません。その後、ちゃんと洗った綺麗な服に着替えなければなりませんよ?」


「つまり、トアリの部屋に入るため用の、綺麗な服や下着を予め用意していないと無理な話だってことだ。分かったらさっさと自分の部屋に戻――」


 ドサッと、加藤はビニール袋を置くことで、俺の言葉を遮った。その中にはジャージやら下着やらが入っている。


「心配ご無用。こんなこともあろうかと、綺麗に洗った後、外界に汚染されていないジャージや下着を持ってきているのよ」


 加藤は戦後最大のドヤ顔を見せたのだった。


「分かった? じゃあお邪魔するわよ!」


 すると信じられないことに、加藤は俺の目を気にせず汚染区域で制服を脱ぎだした。


「な、何してんだよ!」


 俺はすぐさま逆側を向いた。


「脱いでるのよ! 見ないでよ!」


 脱ぐ前に言え。


 およそ三十分後に加藤はシャワーから出てきた。ピンクのジャージ姿になって。


「あースッキリした。やっぱりシャワーは良いわね」


 言いつつ、加藤はトアリの側に正座した。


「つーかおまえらって仲良いの?」


 トアリと加藤は顔を見合わせてから、


「普通よ!」と加藤。


「まあ腐れ縁ってやつですかね?」トアリが続いた。


 ふーん、と俺は声を出す。


「で? 鞘師さやしトアリ……さん! 何かやりましょうよ!」


「トアリ、でいいですよ」


 トアリが言った。えっ? と加藤が困惑した様子。


「よそよそしいので名前だけでケッコーです。私も今から律子さんって呼ぶので」


 言いつつケータイ(元フルビニケータイ)をポチポチするトアリ。なるみちゃんにでもメールしているのだろう。


「ふ、ふん! 言われなくてもそうしようとしてたとこよ! トアリ……さん!」


 顔を真っ赤にして名前を呼んだ加藤が、ちょっと可愛らしくも見えた。


「距離が縮まって何よりだー」俺は棒読みで言った。「で? 何して時間潰す?」


「それならもう決まってます。城ヶ崎じょうがさきくん、私の荷物の中から『フルビニアイテム』を出して下さい」


 何を出させる気? 恐いんですが。


「……おい……なんかとんでもねーもんじゃねーだろーな……」


「大丈夫ですって。いいから早く出して下さい。荷物の中で一番大きなものです」


 俺は汚染区域に行ってトアリのリュックを開けた。

 中のものは全てビニール袋に入っている。タオルやらジャージやら下着やら、乾パンまで入っている。


(どっか避難にでも行くみたいだな……)


 ビニールに入った一番大きなもの……それは人生ゲームだった。丁寧にビニール袋に包まれている。


「なるほど、これか」


 俺はフルビニ人生ゲームを取りだした。そういえば昨日、トアリがやりたいと言っていたな。

 俺は中に入った人生ゲームが汚染されないよう、トアリたちの前に慎重に出してから手を洗った。


「さー始めましょうか」


 トアリは上機嫌で言った。


「人生ゲーム、ね。小さなころ、家族とやって以来だわ」


 初めて加藤と意見が合ったことを、俺は胸にしまっておいた。

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