第67話 飛翔するG


 旅館の前で集まる皆が、ざわざわと視線を当てている。

 防護服姿でない赤ジャージ姿の鞘師さやしトアリに。これを機に、周りも少しずつ変わっていくだろう。


「あれ、鞘師トアリ?」


「俺、初めてノンフルアーマーで見た」


「俺も俺も」


「でもあんま顔見えないよね」


「ちょっと可愛くない?」


「帽子深く被ってるからよく見えないね」


「マスクもしてるし……」


「どうあれ、あの城ヶ崎じょうがさきが居るから手出したら殺されるって」


「そうそう」


「魔王だもんね」


 あんま変わってねええええええええ。


「いとをかし」


 そんなこんなで清水寺の観光に向かった。清水寺の前で集合写真を撮った後、しばらく班ごとに自由行動時間へ。

 俺とトアリは、清水寺の舞台に昇り、そこから並んで下を見下ろした。


「高いな。結構昇ったんだな俺たち」


 俺は呟いた。


「ふむふむ。ここが有名な『清水の舞台から飛び降りるつもりで』の場所ですか」


 言いつつ、トアリは何かをメモした。観光のレポートを書くためだろう。


「城ヶ崎くん、ここから飛び降りても八割以上の確率で生存するらしいですよ?」


「だからなんだよ?」


「どうです? 飛び降りてみては?」


 ……バカなのか?


「いやー、城ヶ崎くんが飛び降りたら面白いかなーって」


 バカなのか?


「ジョークですよジョーク。ここから飛び降りるべきはジーの称号を得た者のみです」


 結局俺じゃねえか。


「いやー、しかし清水寺は浄化されてる感じがしていいですねー」


 トアリは両手を大きく広げ、マスクごしにうんと空気を吸った。


「名前の時点でもう綺麗ですからねー」


「は? 名前?」


「だって清らかな水のお寺ですよ? いかにも綺麗って感じの名前ですから、全てが浄化されてるに違いありません」


 何だその価値観。


「あっ、因みにきよキラ高校も綺麗な名前だから受けました」


 それだけの理由で清キラ受けたの?


「まー他に近い高校も無かったし、偏差値も無難ですし」


 何だそれ腹立つな。俺がどれだけ必死に勉強して受かったと思ってんの。


「現実はそうではありませんでしたけどね。汚染されてる人が沢山居るだけの高校でガッカリです」


 それ以上に受験落ちてガッカリした人に謝れ。


「良かったですね城ヶ崎くん。清キラ受験に落ちなくて」


 急にどうした。


「代わりにここから落ちるってのはどうでしょう?」


 何でそこに行き着こうとすんの? そんなに見たいものなの俺の飛び降り?


「いい眺めだねぇ~」


 不意に、ゆっくりとした口調でそう言ったのは、見知らぬ老婆だった。俺の隣で景色を見下ろしている。


「そう思いませんか? そこなお兄さん?」


「あ、はい、思います」


 老婆はニコッと微笑んだ。けほっけほっと軽く咳き込んでから、老婆は言う。


「修学旅行かい?」


「はい、そんなとこです」


 けほっけほっと咳き込む老婆を見てか、トアリが距離を取る。


「おい」俺は声をヒッソリさせて、「失礼だぞ」


「だ、だって……咳には数え切れない菌が……」


「はいはい……もういいよ……」


 俺は老婆に向き直す。


「おばあさんは観光ですか?」


「え、ええ……」けほっと咳き込む老婆。


「具合悪いんですか?」


「いえいえ、こんなもの大したことありませんよ」老婆はトアリの顔を覗き込んで「それよりそこなお嬢さんこそ、具合悪いのかな?」


 完全防具状態のトアリを見て、心配してくれたようだ。


「え、あ、いえ、私は大丈夫です!」


「そうですか」


 老婆は心底ホッとした様子だった。


「向こうは心配してくれてんのに、距離取ったり態度悪いなーおまえ」


 俺は囁き声で言った。う、うるさい、とトアリも囁くように言う。


「明日は奈良公園の方にも行ってみようかと思ってるんですよ」


 老婆は言った。


「へえ、俺たちもそうです。また会うかも、ですね」


「だといいねえ~」


 ゆるりゆるりと老婆は歩いていった。その姿を、トアリはジーッと見つめていた。


「どうしたんだよ? そんなに見て?」


「……別に」


 はぐらかすように言うと、トアリはプイッと景色の方を向いたのだった。

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