第66話 総理大臣、鞘師トアリ爆誕(あと奈良の人ゴメンナサイ)。
「出発まで三十分ですか」
「ああ。その前にトアリ、ちょっといいか?」
「何ですか?」
「言い忘れてたんだけど、京都って、マイナスイオン的な感じのやつが出てて、かなり空気が綺麗な所らしいぞ? 『ネットとかで調べても出てこない超裏情報』だけどな」
「……その情報、確かなんですか?」
「ああ。てか、なるみちゃんから聞いたんだよ。あれ? トアリ聞いてない?」
「初耳ですね……。ちょっと確認とってもいいですか?」
まずいな、と思ったが、なるみちゃんのことだ。察して合わせてくれるに違いない。
「ああ……。で? どうやって連絡とるんだ?」
「決まってるじゃないですか。フルビニケータイ使うんですよ」
あの気持ち悪いのか。
「
「……ああ、そういうことか……。あれ、外界に汚染されないようにってことね……」
俺は汚染区域に行った。そこには綺麗に畳まれた防護服。その隣にリュックサックがあった。その中からビニール袋に入れられたケータイ(ガラケー)……フルビニケータイを出した。
それを机の所まで持って行き、中のケータイに一切手を触れぬように机の上に落とした。それをトアリがハンドタオルでキャッチ。
「やるじゃないですか。ではビニールを捨ててから手を洗って戻ってきて下さい」
「はいはい」
指示通りしてから、戻ってきた頃にはトアリは電話をかけていた。
「――あ、もしもし、なるみ? ――うん、ゴメンねこんな時に。――うん、それで訊きたいことがあるんだけど、京都ってさ、マイナスイオン的な感じのやつが出てて空気が綺麗ってホント?」
頼むよ、なるみちゃん。
「――うん、うん。――へえ、そうなの? ――うん、うん、分かった、じゃあね」
トアリは通話を切った。
「なるみに聞きました」
ゴクリと唾を飲む俺。
「ホント、早く言って下さいよ。京都って、今の私でも防護服を着なくてもいいほど綺麗らしいじゃないですか。まったく、分かっていれば、もっと対策を薄くできたものを……。使えないですね、城ヶ崎くんって」
やった。なるみちゃんナイス。そして単純バカナイス。
「言っただろ? でも注意しなきゃいけないことがあるんだ」
「ほう、言ってみたまえ」
何だ急に偉そうになったな。
総理大臣か。
もしかしてここが綺麗な地域だって知ったからって強気になったの?
だとしたら超単純だなホント。
「確かに、京都は防護服無しでもトアリは歩き回れるだろう。でも明日行く奈良公園は注意しろ」
「ほう、どうしてです?」
「あそこは、俺でもちょっと気分が悪くなるほど汚染されてるんだ」
「続けたまえ」
ウザ。
「……奈良公園は俺たちの住む街より汚染されている。学校よりも、遙かにな」
奈良の人ホントごめんなさい。でもこうするしかないんです。このバカの潔癖を徐々に良くするためにはこうするしかないんです。
「何せあそこには、鹿が居る……」
「あっ!」
トアリは何かに気付いたようだ。
「そう、鹿のような汚い獣が居るからだ!」
鹿ゴメンねホント!
「汚染されてるんだ……。あくまで奈良公園内だけだけどな……」
奈良公園ごめんなさい! 奈良の人ごめんなさい! 鹿の人(?)もごめんなさい!
「な、なるほど。確かに鹿は所構わず糞をブリブリまき散らす汚らわしい存在……」
鹿に対しても容赦無いなオマエの失礼度。
「その糞が乾燥して微粒子となり、空気中の塵と一体化して呼吸する際に体内に入ると思うと気持ち悪いです」
なんでこういうことに関しては想像力豊かなの? こっちまで気持ち悪くなるんだけど。
「……とにかく汚染されてる。だから奈良公園では防護服で過ごした方がいいぞ。奈良公園の後はバス経由で京都の旅館に戻ってこられるから、ちょっとの辛抱だ」
「ふむふむ……。でも急に防護服を脱いだ状態で出歩くのは抵抗ありますね。ここが綺麗な場所と分かっていても」
「ああ。それは仕方ない。完全に無防備な状態は無理だろうから、マスクとかして出歩いてみるとか?」
「……そうですね……。マスクと帽子と手袋、あと首からかけて周りの空気を除菌できるタイプの空間除菌ジェルを装着、なら大丈夫かもです。制服は露出が高いから、外用のジャージ姿に着替えて行きたいと思います。替えも沢山持ってきてますし」
「よし、決まりだな。じゃあそろそろ行こうぜ?」
「ええ」
トアリは防護服は着ず、赤ジャージにマスク、帽子、手袋、そして首からかけられる空間除菌を装着した。
一見不審者だが、今はしょうがない。
(……うん、今はな。でも……)
防護服を脱いだ状態で外に出てくれたことに、俺は達成感……。
いや、達成感ではない。
単なる嬉しさを感じていた。
ほんの少しだけど、良くなったトアリを見て嬉しくなったのだ。
ちょっと嘘をついてしまったけれど……。
トアリが一歩前へ踏み出せたことには変わりない。
潔癖症が治ってくれればそれでいい……。
おばあちゃんも、それで喜んでくれるはず。
でも、いつかその嘘を話せる時が来たらいいな……。
俺はそう思っている。
「さてゴキブリさん、集合場所に行きましょうか」
その口の悪さも治してやるわマジで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます