第36話 鞘師が潔癖症になった理由
「もう、何となく分かっちゃったかもけど……」
なるみちゃんは地面に視線を向けて言った。
「さっき言いかけてたけど、お婆ちゃんが何かあったんだな?」
なるみちゃんは小さく頷いた。
「お姉ちゃんはね、お婆ちゃんっこだったの。休みの日はいっつもお婆ちゃんの家に行って遊んでたんだぁ。あの頃のお姉ちゃんは元気でクラスの人気者。友達とよく外で遊んだりして、楽しそうだった。そんな明るいお姉ちゃんのこと、お婆ちゃんは好きだった。お姉ちゃんも優しいお婆ちゃんが大好きだった」
でもね、となるみちゃんは悲しげに繋げる。
「お姉ちゃんが小学六年生の時、流行の病でお婆ちゃんが……」
死んじゃったの……。なるみちゃんは泣きそうな声で言った。
「あの日からかなぁ……。お姉ちゃんが神経質になって『自分が汚いと思ったモノの範囲が凄く広くなって』色んなモノを避けるようになったんだ。段々それが酷くなって、中学生になった時にはもう、外出する時は全身を防護服で守らないといけないぐらいになっちゃったんだ……。人に変なことを言うようになったりで、どんどん皆が離れていって……」
潔癖症になった理由を聞いて、俺の気持ちは複雑に絡み合っていた。
知らなかったとはいえ、きつく言い過ぎたかな……悪いことしたかな……と。
「だから誰もお姉ちゃんに関わろうとしなくなったの。ホントは友達と遊びたいって気持ちがあるけど、誰も近寄ろうとしないし、お姉ちゃんも引き離すようになったから孤立してやることがなくなって、人が変わったように苦手だった勉強に没頭するようになって……。そのお陰って言っていいのかな……。
知らなかったとはいえ、傷付けてしまったかもしれない……と。
深い罪悪感が、俺の全身に渦巻いていた。
「そんなお姉ちゃんにも付き合ってくれる人は居たけどね」
「……
「うん。加藤さんだけは外見とか、お姉ちゃんの態度も気にせず付き合ってくれた。仲良くないって感じに見えるかもだけど、お互い素直になれてないだけだと思うよ」
「……そういうもん……なのかな……」
「うん。そして今、二人目がここに居てくれてる」
微笑みながら、なるみちゃんは俺を見た。
「俺? いやいや、俺は別に、さっきも言ったけどクラス委員長として付き合ってるだけだって。アイツのこと、理解して付き合ってるわけじゃない……」
むしろ邪魔だとか、鬱陶しいとか思ったりしていた。
「……なるみちゃんは買いかぶり過ぎだよ、俺のこと。俺、アイツに結構酷いことしてんぞ」
ううん、となるみちゃんは首を横に振った。
「
図星をつかれ、俺は黙ることで肯定の意を伝えていた。
「私もそうだった……。私も、最初はそうだった……」
「……え?」
「でもね、本気で嫌いになれなかったから、私はお姉ちゃんから離れなかった……。家族だから……。そして今はもう理解できてる……。他の人は理解する前に本気で嫌いになって、離れていくんだけど……」
ここで、なるみちゃんは視線で俺を差した。
「城ヶ崎さんは離れてないよね。どうして?」
「へ? そりゃまあ、確かに……言われてみれば、本気では嫌いになれないからだな、アイツのこと……」
俺は頬を掻いて、
「俺は別に、どんなに変な奴だとしても、離れたいとか、本気で嫌いになるとか思わないんだよな……。なんか上手く言葉にできないけど、中学まで自分が普通だった上に、人が向こうから寄ってくるような人間じゃなかったからかな……。むしろ皆が離れてくような人間だからって感じで……。だから誰かを引き離したいとは思わないっつうか……」
フフッとなるみちゃんは笑う。
「それだよ。それが城ヶ崎さんの優しいとこ。お姉ちゃんもそれに惹かれて気に入ったんじゃない?」
「アイツが……」
俺がぐるぐる考えていると、なるみちゃんが不意に立ち上がった。
「これからもお姉ちゃんのことヨロシクね。私、早く帰らなきゃ」
またね。
なるみちゃんは笑顔でそう言うと、タッタッタッと軽快に走っていった。
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