第35話 入口は出口になり得る


「ごめんなさい。あれは誤解だったんだね」


 必死の弁明が伝わったようで、桜散る歩道に差し掛かった所で誤解は解けていた。


「そーそ。第一、俺がそんな人間に見える?」


「ふふっ。見えなくはないよ?」


「おいおーい。冗談キツイよなるみちゃーん」


 俺となるみちゃんは笑い合った。


「つーか鞘師さやし、あのさ」


 俺が、なるみちゃんの左で歩く鞘師に声をかけた時だった。


「なに?」となるみちゃん。


「何ですか?」と鞘師トアリ。


 声が揃った。


「いや、今のはなるみちゃんじゃなくて、お姉ちゃんの方に言ったわけで……」


「そっか。ごちゃごちゃになるよね」


 言うと、なるみちゃんは「うーん」と可愛らしく唸った。


「じゃあこうしようよ。城ヶ崎じょうがさきさん、お姉ちゃんのこと『トアリ』って呼べば?」


 え? と声を揃える俺と鞘師。


「それは流石に抵抗あるっていうか……。なるみちゃんは下級生だから大丈夫だけど、同級生の女子を下の名前で呼ぶのはな」


「私もお断りです。城ヶ崎くん如きに下の名で呼ばれる筋合いはありません」


 睨み合う俺と鞘師。


「もー、お姉ちゃんってば、素直じゃないんだから。お姉ちゃんが五秒以上一緒に居られる人類って、家族以外だと加藤かとう律子りつこさん以来じゃない?」


 なにその名誉なのか不名誉なのか分からん感じ。


「てかなるみちゃん、加藤のこと知ってるんだ」


 あのバカのこと知ってるんだ、と俺は心の中で続けた。


「うん。お姉ちゃん、気に入った人としか五秒以上一緒に居ないから」


「ふーん。って、ちょっと待てよ……」


 今、聞き捨てならぬことを言ったような……。


「気に入ってるって、俺のことを?」


「べ、別に!」鞘師は叫んだ。「私は城ヶ崎くんのこと気に入ったなんて言ってませんからね!」


 ダッと走りだして、鞘師は去っていった。


「何なんだアイツ……」


「あれは間違い無く、気に入ってる証拠だよ? 城ヶ崎さん」


 立ち止まったなるみちゃんに合わせて、俺も立ち止まった。


「そう……なのか?」


「うん、妹だから分かるの」


「そう言われてもな……。俺、アイツに気に入られるようなことした覚え無いけど」


「知らずに何かしたんじゃない? 城ヶ崎さん、優しそうだし」


「それも初めて言われたな……。気遣ってくれなくてもいいんだぞ? 俺は同じクラス委員長としてアイツに付き合ってるだけだから」


 俺が言うと、フフッとなるみちゃんは笑った。


「今の聞いて何となく分かっちゃった。お姉ちゃんの気持ち」


「は、はあ……」


 よく分からず、微妙な反応しかできなかった。


「てかさ、アイツって何で潔癖症になったんだ?」


「それはお婆ちゃん――」


 あっと、なるみちゃんは手で口を塞いで先の言葉を飲んだ。


「……お婆ちゃん?」


 俺が問うと、なるみちゃんは観念したかのように苦笑した。


「あの、城ヶ崎さん。今から私が言うこと、お姉ちゃんには絶対に言わないって約束してくれる?」


 何かを決意したのか、なるみちゃんは真面目な表情に一転させた。


「あ、あぁ……。いいけど、急にどうした?」


「城ヶ崎さんに言いたいと思います。お姉ちゃんが潔癖症になった理由」


 ちょうど公園に差し掛かり、俺たちはそこのベンチで座って話すことにした。

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