第9話 調査




 俺たちは魔法カードで異変があったという水車を覗きんだ。

 水車は音を立てて一定のリズムで回っている。水車の繋がる水路も無色透明で、かなり綺麗だ。俺にはこの水車に不審な点があるように見えない。


 いや、ダメだ。あきらめるな。何かあるはずだ。何か……。


 俺は水車を観察しながら、アルに尋ねた。


「なぁ、アル。この水車ってなんか変か?」


 アルは眉を寄せながら言った。


「そうだな……俺の住んでいた場所にも、水車はあまりないが水路はあったが……水が綺麗過ぎる気がする」

「え?」


 俺は思わず、アルを見つめた。

 そう言えば、水車が回っているのも関わらず、水には一切の濁りもなく無色透明。コケや草も全くあえておらず、石造りの水路の底までくっきりと見える。

 周りは草や花が生えているのに、水路の側には草も生えていない。

 どんなに綺麗に掃除してもコケくらいは生えるのではないだろうか?


 俺もおかしいと思って水路を見ると、アルが再び声を上げた。


「それに、生き物がいない気がする」


 俺は、再び水路を見た。

 確かに生き物が全くいない。魚一匹、虫一匹いないのは異様ではないだろうか?


「アル。他の水路も調べよう」

「ああ」


 俺たちは日暮れまで村中の水路を調べた。

 そこでわかったことは、どうやら村の西側の水路は無色透明で植物も生えていないし、虫などの生き物もいない。東側の水路には草が生い茂り、コケが生えて虫だけではなく魚までいたし、水に濁りもあった。

 俺はメモを見ながら呟いた。


「魔法カードが示していたのは水車ではなく水だったのかもしれない。魔法カードの示した水車の場所はどこも水が信じられないくらい綺麗だった」


 水路は光っても遠くからだとわからないが、水車には常に水が流れているので光が見えたのだろう。アルが俺のメモを覗き込みながら言った。


「そうだな……そろそろ陽が暮れて来たから、今日は村長の家に戻ろう」

「確かに、今日は本当に頑張ったよな」


 俺がアルに同意すると、アルが俺を見ながら少し照れたように言った。


「リョウ、今日はその私も頑張ったと思うのでご褒美がほしいのだが?」


 そう言ってアルが無意識に自分の唇を舌で舐めた。俺は少し考えて小声で言った。


「ん~風呂の後ならいいよ」


 するとアルは嬉しそうに俺を抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。

 

「ちょっと、アル!! お姫様抱っこは止めてって言ってるだろ?」


 運んで貰っている身だが、運び方は選びたい!!


「もうすぐ着くし、夕方だから誰も見てない。そんなことより、早く戻ろう!! 叫んでいるとみんなが心配して家から出て来るぞ」


 確かに全く人通りはないし、村長の家まで遠くはない。それに俺の叫び声で人が出て来られても困る。


「う~~~~!!」


 俺は疲れていたということもあり、口を閉じてアルに運んでもらったのだった。

 その後、村長の家で食事を御馳走になり、風呂に入り楽しみでたまらないとソワソワするアルにご褒美を献上して俺たちは眠りについたのだった。






 鳥の鳴き声が聞こえる。


 朝か?


 深い眠りから覚めると、朝の柔らかな陽の光を感じて目を開けた。目を開けて隣のベッドを見るとアルはすでにいなかった。

 自分の両手を閉じたり開いたりした。どうやら魔力は回復しているようだった。顔を洗うために外に出ると、アルが井戸の前でこの村の女性数人にタオルや御菓子を差し出されていた。この世界の女性はとても積極的で、アルの両腕には女性の柔らかな部分がと当たっている。


 あ~~もう、勇者様はどこに行っても女性におモテになって羨ましいな!!

 くっ!! 肩書か? それとも顔か?!


 俺が奥歯を噛み締めていると、アルが俺に気付いて声を上げた。


「おはよう、リョウ!! 起きたのか?」


 俺は、不貞腐れた顔を一瞬で笑顔にして爽やかに答えた。


「おはよう、アル!! 良い朝だな!!」


 自分でも気持ち悪いかもしれないとは自覚しているが、女の子に不快な顔なんて見せられない。


「おはようございます、魔導士様」


 女の子たちも俺ににこやかにあいさつをしてくれる。

 ……。

 まぁ、それだけだが。

 誰か俺に来てくれるということはないのだが……。


 俺はわかっていたことだと自分に言い聞かせながら井戸の水を汲み、顔を洗った。ちなみに俺とアルは毒などの耐性のアミュレットを持っているので、もし水に何か異変があっても問題ない。


「じゃあ、お先!!」


 俺がアルに背を向けて村長の家に入ろうと、するとアルが慌てて声を上げた。


「リョウ待て!! 俺も行く」


 アルはそう言うと、女性に「もう行くから」「ありがとう」などとファンサのようなことをしながら女の子の塊から抜け出て来た。村長宅の離れに入ると俺はつい嫌味を言ってしまった。


「アルは本当にどこに行ってもモテるな」


 するとアルが困ったように言った。


「……違うよ。あの子たち、俺と一緒に居れば、生贄にならなくてもいいかもしれないと思っているから助けを求めに来たんだよ。モテるっていうのは少し違うと思う」


 俺は思わず立ち止まって、アルを見つめた。


「え? 生贄って、あの子たちの誰かなのか?」


 アルはつらそうな顔で「そう言ってた。今後の満月の夜に決まるんだって。それまでは家からあまり出ることはできないんだって。朝だけは、畑や家畜の世話のために外に出ることが出来るんだって」と彼女たちから聞いた情報を教えてくれた。

 俺は都合の悪いことは聞こえない老人に貰った月時計と呼ばれる石を取り出した。この石は満月の陽に金色になる。まだ青い部分があるので、満月まであと10日ってところだろう。


 俺は、顔を拭いた布を見つめながら言った。


「そっか、じゃあ……それまでになんとかしなきゃな」


 するとアルが横で「ああ」と答えたのだった。

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