29 神ですか?

 今回の借り物競争は、人が多かったらしい。桜ちゃんは『金髪の人』を引いて、マリアちゃんとゴールした。

 で、現在の順位。赤、緑、青、となっている。バスケやバドミントン、ラグビーなどで、緑と青が入れ替わった。

 桜ちゃんの借り物競争を観終わった私は、橋本に席を確保してもらっておいて、トイレへ。メイクもチェックする。

 すごいな、本当に崩れてない。

 戻ってきて、席に座る。橋本は、リュックを置いてくれていた。


「……もしもし」


 借り物競争の人たちがバラけていくのを見ていたら、橋本が硬い声を出した。

 ちらりと見れば、スマホで通話をしているようで。しかも、苛ついたような、不安そうな顔をしている。


「本当に? 嘘じゃねぇよな。…………俺にそんな能力っ、……。……分かった。今は分かった。俺も言える立場じゃない。…………今は…………分かった。行く。けど2時には戻る。そこで待っててくれ。じゃ」


 橋本は電話を切り、少しだけマシュマロになって。


「席、取っといてくれるか」

「はい。大丈夫です」

「悪い、頼んだ」


 と、橋本は行ってしまった。私は橋本の席へ、カバンを置く。2時にはって言ってたから、たぶん、大丈夫。もし、長引くなら……水筒とか、置く、とか?


   ◇


「悪いな。こんな時間になってしまって」


 会場入口まで走っていけば、申し訳無さそうな顔をした父が居た。


「ホントに仕事は終えたんだよな?」

「終わらせたよ。で、保護者席に行って良いかい?」


 橋本涼は一瞬苦い顔をして、短く息を吐き、


「分かった」


 と言った。


   ◇


「席、悪い」


 あれ、10分くらいで帰ってきた。


「いえ、大丈夫です」


 カバンをどかす。橋本が座る。


「……父さんが、来た」

「あ、そうだったんですね」

「仕事あるって、……仕事あるだろって言ったのに、……終わらせてきたって」


 橋本が、また少しマシュマロに。


「それは……来ていただくの、アレだったんですか?」


 無言で、うつむく。両膝に肘を置き、手を組んで、いつか図書館で見たみたいに、頭を置いた。


「……まあ、私の勇姿を見ていて下さいよ」


 ぽん、と肩に手を置く。


「そろそろなので、行きますね。席、取っておいて下さい。では」


 席から立ち上がり、玉入れの集合場所へ向かう。

 ご褒美貰ったし、頑張ろ。


  ◇


 なんとか顔を上げ、リュックを、光海が座っていたその席に、放り投げようとして、


「……」


 中身のことを思い出し、少し丁寧に置いた。橋本涼はそうして、また、下を向いて目を閉じる。


『仕事あるの分かってるから。来なくて大丈夫。問題ない』


 保護者用にと送られてきていたパンフレットを見ている父と祖父を見て、反射的に、そう言った。予防線だ。

 だというのに、父は。少し疲れた顔をしていて、この、自分の見た目に少し驚いて、けれど何も指摘せずに『悪いな』と、言ってきた。

 結局、何も変わっていないんじゃないか。そう考えているところで、玉入れの開始の合図がされる。


「……」


 橋本涼は、ゆるゆると顔を上げる。赤組のテントの目の前で、赤の玉入れは、行われていた。

 クラスの色ずつ、3つのカゴが設置されていて、学年ごとに玉を投げ入れている。

 周りもそれなりに入れていくが、光海はほぼ、投げた全てをカゴに入れることに成功している。


「……何が迫力はない、だ」


 真剣な顔をした光海は、玉を投げるスピードを上げていく。カゴに、赤い玉が、どんどん入っていく。

 終了の合図。生徒たちはそれぞれ集まり、係の人間が玉を出しつつ数えていく。玉の多さは、赤、緑、青、の順だった。

 終了し、生徒たちは預けていた荷物を取りに向かう。

 橋本涼が掲示板を見れば、赤が1位、青が2位、緑が3位、となっていた。1位と、2位3位の点差は、先ほど見た時より少し縮まっているが、青と緑の点差は近いままで、赤がリードしているように見える。と、青と緑が入れ替わった。別の場所でしているどれかの競技の結果だろう。


「おまたせしました。席、ありがとうございます」


 戻ってきた光海の顔を見ずに、リュックをどかす。光海はそこへ、躊躇いなく座る。


「……ほぼほぼ、入ってたじゃん」

「みたいですね。気合を入れた甲斐がありました」

「……気合い、ね」


 光海を横目で見れば、お茶を飲んでいる。


「──はい。気合いです」


 飲み終わった光海は、水筒を仕舞いつつ、言う。


「橋本さん、全部を全力で取り組んでいたので。これは負けていられないな、と」

「……同じ、赤じゃん」

「だからこそ、です」

「……」


 橋本涼は、リュックから箱を取り出した。バナナカップケーキの箱だ。橋本涼はそれを開け、1つを光海に差し出す。


「……良いんですか……?」


 光海が、期待と申し訳無さの顔を、カップケーキと自分に向ける。


「良いよ。代わりにまた、飴、くれ」

「……分かりました。有り難くいただきます」


 光海はバナナカップケーキを恭しく受け取り、キャンディーの袋を出してきた。


「……3つ、貰って良いか」

「遠慮なく、どうぞ」


 袋を受け取り、いちご味と青りんご味、ソーダ味のキャンディーを1つずつ、取り出す。


「どうも」

「いえ、こちらこそです」


 光海は、ずっとカップケーキを持ったまま、袋を受け取り、膝に置き、「いただきます」と、カップケーキを食べ始めた。

 少しずつ、ゆっくりと、とても美味しそうに食べているのが、見ているだけでも伝わってくる。


「……」


 食べ終わった光海は、名残惜しそうに空のカップを眺め、こちらへ顔を向けた。


「ごちそうさまです。やっぱり美味しかったです。すみません、2つもいただいてしまって」

「もう1個、食う?」

「いえ、それは、流石に。走り幅跳びに全力を出して貰いたいので」


 首を横に振る光海に、「そうか」と、返して。


「なら、家に行った時、また、持ってくるわ」


 言いながら、3色のキャンディーを仕舞う。


「神ですか……?」


 そんな声が、降ってきて。

 橋本涼は、軽く笑った。

 神はお前だ。そう、思いながら。


 

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