28 バナナカップケーキとその対価、イラスト用のモデル交渉

 リレーの順位は、赤、青、緑、でした。

 で、今は、お昼です。

 おばあちゃんたちが確保してくれていた場所で、みんなでご飯を食べています。

 おばあちゃん、愛流、私、マリアちゃん、ベッティーナさん、アレッシオさん、桜ちゃん、桜ちゃんの叔母さんの花梨かりんさん、橋本、昼に間に合った大樹と彼方、という、橋本が言った通りの、合計11人の大所帯だ。


 桜ちゃんとマリアちゃんと一緒に、橋本を連れてきてみんなに紹介したら、おばあちゃんが橋本へカメリアのお礼を丁寧にしてきた。そのためか、橋本は恐縮してしまったらしく、少しそわそわとしている。

 バナナカップケーキは最後に食べると言ってあるので、あの箱は橋本のリュックの中だ。

 私は、お重に詰められたおかずやミニおにぎりを紙皿に移し、もぐもぐ食べる。合わせて、橋本へ質問を飛ばしている愛流へ、「ちゃんと食べなよ」と言う。


「いやだって! お兄ちゃんより背の高い人だよ!」

「橋本さんがお昼食べれないから」


 橋本は戸惑いつつもそもそと、バレー観戦の時に見たのと同じ様なおにぎりを食べていた。


「俺、177なんだけど」


 弁当を食べながら、大樹が言う。


「あれ? でも、お兄ちゃんより背、高く見えるんですけど」


 愛流に顔を向けられ、橋本は微妙な顔をしながら口を開く。


「……新年度の、身体検査の時は、181、だった」

「え、伸びたんですか、橋本さん」

「らしい」


 言った橋本は、おにぎりを大きく口に入れ、物理的に喋れない状態を作った。


「へー、分かってなかったです。180超えなんですね」


 因みに彼方は、そんなことはどうでもいいとばかりに、お弁当をぱくついている。

 ベッティーナさんとアレッシオさんは、最初はマリアちゃんを褒めまくっていたが、今はもう、イタリア語でいちゃついている。マリアちゃんはそこから早々に離れ、桜ちゃんと花梨さんと一緒に、ご飯を食べている。


「橋本さんは、おにぎりだけですか?」


 おばあちゃんの問いかけに、喋れない橋本は一瞬、苦い顔をした。

「おばあちゃん、ちょっとお皿とお箸、貰っていい?」

「はい、どうぞ」


 おばあちゃんから貰った割り箸で、紙皿にひょいひょいと、唐揚げ、卵焼き、ブロッコリー、ミニトマトを複数乗せる。で、それらを、橋本の前に置く。


「はい。対価でもありますので」


 目を彷徨わせる橋本へ、そう言った。


「……なー光海」


 大樹が肩を組んできた。


「何かね」

「対価ってなに?」

「このあと、お菓子を貰う」

「へー?」

「大樹もちゃんと食べなよ。あとでゆっくり食べるなら、それでも良いけど」

「じゃ、そうする」


 言われたので、そのままの状態でパクパク食べる。


「……えー……じゃあ、いただきます」


 橋本は、恐る恐るといった感じで割り箸を取り、紙皿の上のものを食べ始めた。

 さて、お腹もいい感じだ。バナナカップケーキでちょうどの感じだ。


「橋本さん、今、大丈夫ですか?」


 こっちを向いた橋本へ、


「お菓子、いただけます?」


 橋本はもぐもぐしながら箸を置き、リュックから箱を取り出し、差し出してくる。


「ありがとうございます」

「なに? カメリアのヤツじゃん」


 伸ばされた大樹の手を、ペシッと軽く叩く。


「は、なに?」

「これを食べたいなら、大樹も対価を出しなさい」


 言いながら、箱を開け、バナナカップケーキを一つ取り出し、紙皿に置き、箱を閉じる。

「光海の好きなヤツじゃん」を無視して、


「いただきます」


 バナナカップケーキ! さて、橋本が作ったのは、カメリアのとどう違うのか。

 一口、齧る。……ふむ、美味しい。もう一口。うん、美味しい。そのままパクパクと食べてしまい、……なくなった……。

 いや、もう、これは、普通に売れるヤツでは?

 そんなことを考えつつ、橋本へ箱を差し出す。


「ごちそうさまです。美味しかったです。ありがとうございます。ちょっとあとで詳細な感想を述べます」

「ん、……なら、まあ、良かった」


 おかずを食べ終え、2個目のおにぎりも食べ終えていた橋本は、箱を受け取り、仕舞う。


「……橋本さーん。俺にもくれません? なんか対価、出すんで」

「まず対価を出してから、交渉を始めなさい」


 それと。


「そろそろ午後の部、始まるから。手、離しなさい」


 大樹の腕をペシペシ叩く。


「……へーい」


 腕が離れた。


「あの、橋本さん」


 愛流がまた、口を開いた。


「え、なに」

「モデルになってもらえませんか。絵の」

「……え、……と、どういうこと?」

「私、イラストを描いてて。橋本さんみたいな体格の人、近くに居なくて。橋本さん、お姉ちゃんと勉強してるんですよね? ウチに来て、少し写真撮らせて貰って、ウチでそのまま勉強して、とか、無理ですか?」

「は、や、」


 橋本が、困ったような奇妙な顔を、こっちに向けてくる。


「私は良いですけど。駄目なら駄目とキチンと言わないと、愛流は引き下がりませんよ」

「だってお姉ちゃん! 身長180超え、ムキムキじゃないけどしっかり筋肉ついてて、手も足も長い! この物件、逃すワケにはいかない!」

「おい愛流。おめーのお兄さんはそんな貧相か?」

「お兄ちゃんは細身なの! 別枠なの!」


 ほぼ同時に、生徒の集合のアナウンスがされる。


「ほら、呼ばれた。もう行くね。橋本さん、大丈夫ですか?」


 カバンを肩にかけ、橋本の様子を見る。


「ああ、うん、行ける。あ、これ……ごちそうさま、でした」

「いえ、どうも」


 紙皿と割り箸を受け取り、おばあちゃんへ渡す。


「じゃ、行きましょう」


 立ち上がり、


「愛流、橋本さんにはちゃんと話しておくから」


 言いながら、靴を履く。


「では、橋本さん、行きましょう」

「お、おお」


 橋本は、リュックを肩に引っ掛け、靴を履く。


「こっちは準備オッケーだよー」


 と、桜ちゃん。その隣に、ベッティーナさんたちをチラチラと見るマリアちゃん。


「ん、分かった。ありがとう」


 で、最後に。


「大樹。結局ほとんど食べてないでしょ。ちゃんと食べなよ」


 と言って、4人で──3人で橋本を押すようにしながら──テントへ向かった。


  ◇


「先程は、弟と妹が……特に妹が、すみませんでした」


 桜ちゃん、そしてマリアちゃんと別れ、赤のテントにて。

 隣に座ったままではあるけど、私は頭を下げた。


「いや、なんか、血の繋がりを感じたわ。お前がカメリアについて語る時の勢いに似てる」

「……」

「いや、悪い意味じゃなくてだな」


 慌てる橋本に、「お気遣いありがとうございます」と、もう一度頭を下げた。


「で、その妹、愛流の話についてなんですが」

「ああ、写真、撮るだけなんだろ? 別に、それくらい──」

「これ、あの子のアカウントなんですけどね」


 橋本の顔の前に、スマホをズイッと出す。そして、橋本に見えるようにスマホを顔から離し、橋本に見えるように持ち直し、スクロールさせていく。


「こういうイラストを描くんです、が。これとか」


 1枚を、一度拡大する。それは男女が抱き合うイラスト。


「これとか」


 こっちは獣人が背中合わせで座ってるもの。


「これとか」


 これは体を反らせる人魚だ。


「今の、全部、私や大樹……あの、ずっと私と肩組んでた弟です。の写真をもとにしたイラストなんです。つまり、めちゃくちゃ色々ポーズを取らされる可能性があります」


 顔を上げれば、橋本は渋い顔をしていた。だろうな。


「なので、写真の話を受けるとしたら、相当な覚悟を、お願いします」

「……や、それは、良い。別に」

「本当に、大丈夫ですか?」

「それよりも、……よりも、なのか? 家で勉強するの、お前は良いって言ってたけど……」

「ああ、はい、それは。一度、そちらにもお邪魔させていただきましたし。リビングだと集中出来ないと思うので、私の部屋になってしまうとは思いますが。ローテーブルなので、低くて狭いのが、難点ですかね」

「……別にいいわ。そんくらい」

「そうですか?」


 難しそうな顔をしてるけど。


「いいよ別に。お前が嫌ならナシでいいし」


 橋本は上を向き、息を吐く。


「いえ、それこそ別段、気にしませんけど」

「お前、……はあ……」

「……まあ、では、一旦保留ということで。今は体育祭に集中しましょうか。お互い、まだ、競技もありますし」


 スマホを仕舞い、言う。


「ああ、玉入れ……2時頃だったよな」

「はい」

「見ていいか」

「良いですけど……迫力とかは、ありませんよ?」

「別に。それこそ気にしねぇよ」

「そうですか。あ、私も、走り幅跳び見る予定だったんですが、良いですか?」

「ああ」

「……ずっと上見てますけど、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫」


 橋本は、前に向き直った。

 午後の部の、開始の合図が鳴る。

 じゃ、まずは、もう少しあとに始まる、桜ちゃんの借り物競走を観戦しますか。



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