27 リレーとご褒美

 赤のテントへ戻ったら、席はパラパラと空いていた。


「どこにします?」

「……ここで、良いなら」


 と、示されたのは、一番後ろの席。4つほど空いている場所。


「はい。分かりました。ここの、どこにします?」

「……ここと、ここ」


 橋本は真ん中2つの、背もたれを握った。


「分かりました。左でいいですか?」

「ああ」


 私はカバンを、その、左側のほうの席に置く。


「……なんで?」

「先に場所を確保したいので。あ、橋本さんなら、跨げます?」


 背が高いからか、足、長いもんな。


「や、いい」


 橋本はそう言うと、リュックを椅子に置いた。そして二人で回り込み、カバンを持ち、座る。

 運動場では、走り高跳びと棒高跳び、ハードル走をしていた。他の場所では、サッカーとテニスと水泳をやってるはず。

 そんなことを考えながら、マリアちゃんへ、


『観てたよ、バレー。最後、勝てて良かった。ベッティーナさんたちも喜んでたね。今は、赤のテントに戻ってる』


 と、送り、桜ちゃんにもここに居ることを送った。


「赤、勝ってんな」

「そうなんですか?」


 顔を上げる。


「や、点数が」


 橋本の言った通り、掲げられた電子掲示板では、赤が1位、青が2位、緑が3位、だった。


「……嬉しいやらなんやら。複雑ですね」

「成川らしい感想だな。去年はどうだったんだ? お前、成川は、特待生として覚えてたけど。一般生徒はほとんど覚えてないんだが」

「マリアちゃんも桜ちゃんも、同じクラスでしたよ」

「……マジか」


 少し目を見開いた橋本へ「マジです」と答える。

 競技が終わったらしい。片付けられ、次の──クラス対抗の、リレーの準備が始まる。リレーは、学年ごとに走る。まずは1年生で、テントに居た1年らしき生徒たちが、ぞろぞろと抜けていく。


「さーて。リレーですね」

「そうだな。……緊張してるか」

「そりゃしますよ。橋本さんのアドバイス頂いたり、コツを調べたりなんだりしましたけど。少しはマシになりましたけど。緊張するものはします」

「……成川」

「なんですか?」


 見れば、橋本はリュックをごそごそしていた。


「……俺が、作ったやつだけど。……いるか?」


 差し出されたのは、カメリアの、数個ケーキを入れる、持ち帰り用の箱。


「橋本さんが、作った? 何をですか?」

「バナナカップケーキ。3つ入ってる」


 ……お宝を、差し出されている。


「いただきます。いただきたいです。ですけど、あとでいただきます」

「なんで?」

「リレーのあとのご褒美として、いただきます」


 橋本が目を見開いた。


「ですので、あとで、いただきます。……そもそも、なんで持って来てるんですか? 糖分補給ですか?」

「んあ、ああ、まあ、一応、そんな感じ。念のため」

「それをいただいて、良いんでしょうか……?」

「要らねぇなら、俺が全部食うけど」

「いえ、では、1つ、いただきます。あ、代わり、にはなりませんが……」


 カバンを開け、それを取り出す。


「幾つか、要ります?」


 橋本に見せたのは、キャンディーの袋。

 それを見て、橋本はまた、目を丸くする。


「いえ、対価にならないことは重々承知しています。ですので、お昼の時にも、お気に召すものが、あれば、どうぞ」

「あ、や、違う。……なら1個、貰って良いか」 箱を仕舞った橋本に、手を差し出される。袋を渡す。

「1つと言わず、遠慮なく」

「いや、1個でいいよ」


 表示を確かめたらしい橋本は、断りを入れてから袋を開け、いちご味のキャンディーを取った。


「返す。ありがと」


 袋を受け取りながら、聞く。


「いちご味、好きなんですか?」

「嫌いじゃないけど。俺ら、今、赤組だし」


 橋本はそう言って、キャンディーをリュックに仕舞った。


  ◇


 さて、2年のリレーの順番がやってきた。手洗いも済ませてきたし、リレーのあとにはご褒美がある。緊張もあるけど、気合い入れていくぞ!

 このリレーは、一人50m走り、バトンを渡していくタイプ。出席番号順だから、私は後ろのほう。


「あれ、みつみんだけ?」

「え?」


 リレーは最初の数人以外、色に関係なく集まることが出来る。そんな中、桜ちゃんがやって来た。


「橋本ちゃんは?」

「あっちに行ったよ」


 示す先は、より後半のグループ。橋本は足が速いので、期待の言葉をかけられている。


「ずっと一緒に居るのかと思ったが」


 マリアちゃんも合流だ。


「マリアちゃん! 試合観てたよ! ……なんで一緒に居たこと、知ってるの?」

「桜に教えてもらった。ラインで」

「はあ、そうなの。──!」


 準備が整った、と合図される。よし、集中しよ。

 そしてすぐ、リレーが始まる。順番が近付いてくる。走るの、少しはマシになったし、バトン渡しも練習したし。……ご褒美のこと、考えよ。


「……」


 そろそろ、私の番だ。列に並ぶ。……やっぱ、緊張する。


『腕、なるべく体に寄せて、後ろに引くようにすると、良いと思う。あと、あんまり体揺らすな。軸をぶらさない、みたいな』


 うっす。頑張ります。

 位置につき、助走しながらバトンを渡され、走る。思ったより早いな? と思いながら、次の走者にバトンを渡し、握られるのを感じてから、手を離す。転ばないよう助走し、走り終わった組の場所へ行って、しゃがみ込む。走っての息切れより、緊張が解けて、力が抜けた感じだ。

 でも、終えた。終えられた。青に一人抜かされたけど、赤は青と緑どっちも、二人分リードしてるから、マイナスにはなってない。一応。

 あとは、マリアちゃんと桜ちゃんと、橋本だ。

 マリアちゃんは、速い。桜ちゃんは、平均。橋本はめったくそ速い。

 あーマリアちゃんはっやー。距離詰められてるー。……あ、惜しい。あとちょっとで、追い抜けたのに。

 橋本は、そろそろだ。並んでる。あと二人、……一人……橋本が助走を始める。バトンを受け取って、


「…………」


 最初の50mより速いんじゃないかってくらいのスピードで、次に繋いだ。で、息を整えつつ、こっちに来る。


「どーだ見たか」


 しゃがみ込まれ、言われる。


「見てました。50m走より、速くありませんでした?」

「たぶんな」

「すごいですね。世界選手になれそう」

「俺はそれは目指してない」

「知ってますよ」


 あとは、桜ちゃんだ。百合根のゆ、だから、確か、最後から3番目。

 桜ちゃんのほうを見る。こっちを見ていた。手を振る。笑顔で振り返してくれる。

 それで、次が、桜ちゃんの番だ。……今、赤が1番。次いで青。最後が緑。

 バトンを渡された桜ちゃんが走る。バトンを渡す。渡された走者は、危なげなく走っていく。


「はー終わった終わった」


 桜ちゃんは小声で言いながら、こっちに来る。


「お疲れ様」

「お疲れー。みつみん、なんか、速くなかった?」

「分かんない。速いかな? って感じはした」

「たぶん、速かったぞ」


 マリアちゃんがこっちに。


「そう? だったら、あとのご褒美のおかげかな」

「ご褒美?」


 首をかしげた桜ちゃんに「うん」と答える。


「考案者が作ったね、お菓子をあとで食べる」

「お前……」

「何か間違ったこと言いました?」


 呆れたような声に顔を向ければ、橋本はしゃがんだまま、顔を下に向けていた。



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