26 仲間になろうかな、と
「……成川、見てたのか」
橋本が言う。ほぼ同時に、次の、赤と青の試合が始まった。
「見てましたけど……駄目でした?」
橋本へ顔を向ければ、頬杖をつき、試合を眺めている。
「や、駄目とかではない。……前、どっちが勝った?」
「赤でした」
「そうか」
試合のほうへ、目を向ける。
「……バレー、詳しいんですか?」
「いや、別に。授業でしかやったこと無い」
「じゃあ、私と同じくらいの知識ですかね?」
「お前、三木の試合、観に来たんだろ? 聞いてないのか? ルールとか」
「聞いてますよ」
「じゃ、俺より詳しいんじゃね」
「そうですかね……」
「……俺は今、何がどう進行して点が入ってんのか、さっぱり分からん」
それほどか。
「それじゃ、分かる範囲で、説明しましょうか?」
「頼む」
という訳で、赤と青の試合の解説をしていく。そのうちごそごそと、橋本が何かをリュックから、取り出した。
それは、おにぎりで。
「もう、お腹、空きました?」
「まあ、少し。……リレーがあるから、先にエネルギー補給しとく」
熱心だな。そういやタオルも持ってたっけ。汗かいたのか。
「……もしかして、走るの、結構全力出しました?」
「……。……だったらなんだ」
「いえ、だとしたら、練習の時より速かったのかな、と」
「……感覚としては、速かった」
「すごいですね。あ、あと、妹がですね、橋本さんはどの競技に出るのかと、50mで橋本さんが走り出す前に、電話で聞いてきまして」
「……はあ」
「で、橋本さんのことを説明して、一緒に見てました。驚いた声出してましたよ」
「そうか」
おにぎりを食べ始めた橋本を見て、試合に顔を向ける。
「解説、続けます?」
「ん」
結果、僅差で赤が勝った。そして、次の試合の準備が始まる。橋本は前を向いたままで、私も前を向くことにした。
「成川さ」
「はい」
「去年も、そういう感じで、やってたのか?」
「? 桜ちゃんとマリアちゃんの試合を観戦してましたけど」
「じゃなくて、見た目」
あ、そっちか。
「去年はここまでしてませんよ。桜ちゃんに、ハチマキをリボンにしてもらっていただけです」
「じゃ、なんで今日は、それ?」
「……まあ、今年は橋本さん、初参加ですし。やってもらって、少し、戸惑っているようにも見えましたし。じゃあ、私も仲間になろうかな、と」
爪の、鮮やかな赤を眺め、言う。
「体育祭ですし、つまり、お祭りですし。はっちゃけて楽しんだもん勝ちかな、と」
「じゃ、来年まで、もうしない?」
「こういう装いを、ですか?」
「そう」
「そうですね……」
準備が終わり、青と緑の試合が始まった。
「ほら、ウチ、マシュマロが居るじゃないですか。ピアスの時も少し言いましたけど、何かあったら怖いんですよね。ですから、犬の口に入っても大丈夫なものを使ってるんです。けど、高いんですよね。高校生からすると。なので、そもそもあまり、しないんですよ。冠婚葬祭の時とかは、流石にしますけど」
「なら、持ってはいるワケか」
「まあ、最低限のものは」
「最低限ってなんだ」
……。
「ええと……化粧水、乳液、下地、ファンデ、フェイスパウダー、リップ、チーク、アイシャドウ、アイライナー、マスカラ、アイブロウ、クレンジング……あ、あと、日焼け止めとヘアオイルも。ですかね」
「一揃い持ってんじゃねえか」
分かるんかい。なら聞くな。
「ですけど、ここまで上手くは出来ませんよ。日常使いしている訳ではありませんし」
「やれるなら、したいのか? いつも」
「さあ? これが当たり前なので。ですけど、上手くはなりたいですね。さっきも言った、冠婚葬祭などでは、キッチリしたいので。その人への気持ちと態度を、示すものの一つだと、考えていますから」
「ふぅん」
「解説、再開します? 青が緑を押してますけど」
「頼む」
で、解説を再開。最終的に、青がそのまま勝った。
やっと、マリアちゃんの試合が見れる。
そう思いながら、ちらっと橋本を見れば、スマホで何かをしていた。
私もずっと喋ってたし、お茶飲も。
「……マリアちゃんのポジション、聞いてますか?」
飲み終わり、蓋を閉め、カバンに仕舞い、聞く。
「言われてないし聞いてない」
「マリアちゃんのポジション、ウィングスパイカーなんですよ」
「ああ、さっきまで言ってた、一番打つ奴、か」
「まあ、そんな感じです」
女子バレー用に準備が整い、アップをしていた人たちが入ってくる。マリアちゃんも居る。
試合開始の合図。まずは青と赤だ。
橋本に断りも入れず、試合の解説を始める。さっきより、熱心に。
「あ」
劣勢だった青が、ボールを返せず、試合終了。
「……複雑」
「まあ、友達を応援したいよな」
「でもまだ、一試合あるので」
「口調が完全に青目線だな」
少しして、準備が整い、赤と緑の試合が始まった。一応、解説していく。勝ったのは、赤だ。
「まあ、よし」
「まあて」
「で、ここまで全部、赤が勝ちましたね。他のところがどうなってるかは分かりませんが、それなりに点数が入るはずです」
「……ああ、そっか。そういう仕組みだった」
そこで、そういえば、と、思い出す。
「橋本さん、マリアちゃんのお姉さんとそのお連れ合いさんも、マリアちゃんの試合を見ているかもしれません」
「は? そうなん?」
保護者席へ目線を移す。……居た。
「居ました。右側の保護者席の、真ん中辺りです」
「や、言われても分かんねぇよ」
「橋本さん、バイト先に来てくれた時、長い金髪の女性と、短い茶髪の男性が来てくださったの、見ていましたか?」
「……ああ……何語か分かんなかった」
「イタリア語ですね。で、その二人が、マリアちゃんのお姉さんと、お連れ合いさんです。……分かります?」
「それっぽい人たちの、見当はついた」
「女性は青い服、たぶん、ワンピースを着ていて、男性は青いシャツを着ているんですが」
「ああ、うん。見当つけてた人たちだわ」
言っていたら、準備が終わったらしく、試合が始まった。青と緑だ。
「マリアちゃん……頑張れ……」
「小声で言うなよ」
「一応、赤である自覚はありますから」
で、また解説をしていく。熱を込めて。
青が、青が勝ってるよ。マリアちゃんがまた、1点入れたよ。
そして──
「勝った……」
「青がな」
「うし」
「お前、友達、大好きだな」
「悪いですか?」
「いや? いいことだと思う」
ベッティーナさんたちはどう見てたかな、と、そっちへ目を向けたら。ベッティーナさんは喜んでか、アレッシオさんに抱きついていて。アレッシオさんはベッティーナさんにキスをした。
仲の良い二人だ、本当。店に来ても、いつもこんな感じだもんな。
「さて、試合が終わったので、私は運動場に戻ろうと思いますが……」
橋本へ顔を移せば。ベッティーナさんたちを、目を丸くして見ていた。
「あの二人は、お店でもいつもあんな感じなので。あと、あの二人も一緒にお昼を食べますから、あまり驚かないように、お願いしますね、橋本さん」
固まっているらしい橋本の肩を叩きながら、言う。
「お、……おお……ん? あの人らも、一緒に食うの?」
振り向き、聞かれる。
「その予定です。あと桜ちゃんのほうは叔母さんが居ます」
「……お前は?」
「私はおばあちゃんと妹が来てます。あと、昼に間に合うかは分かりませんが、弟が二人来ます」
「……大所帯だな」
「場所は確保出来ているそうなので、大丈夫です。で、橋本さんはこれからどうします?」
「……成川は?」
聞こえてなかったらしい。
「運動場に戻ります」
「じゃあ、俺も」
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