30 「見とけや」

 食べたい、という誘惑に負けないように、最後のバナナカップケーキを食べる橋本から目を逸らし、正面を向く。

 走り幅跳びは4時半頃に行われる予定だ。で、今は、3色が1組ずつ、創作ダンスを披露していた。

 1クラスから10人前後、それが3学年分。単純計算で、30人だ。ダンス部やチア部、社交ダンス部、ストリートダンス部などがあった筈で、そういう人たちがこれを選んだんだろう。様々な要素を含んだダンスが、音楽に合わせて目を楽しませてくれる。

 青が終わり、緑が終わり、赤が終わり。解散だ。ダンスの点数付けは、少し、時間がかかる。

 そして、出た結果は、青、赤、緑。

 掲示板の順位は、赤、青、緑。……赤に軍配が上がっていたけど、青に点差を、縮められつつある。


「嬉しいような、悲しいような」

「また、らしいお言葉で」


 ちら、と見れば、橋本は頬杖をつき、前を見ていて。


「ベッティーナさんとアレッシオさん……マリアちゃんのお姉さんたちがこれを見ていたら、また、喜んでいたでしょうね」


 橋本は一度目を瞬かせ、顔をしかめた。


  ◇


 さて、そろそろ走り幅跳びということで、


『見とけや』

『もちろんです』


 というやり取りをして、橋本は行ってしまった。私はまた、席の確保を頼まれ、カバンを隣の椅子の上に置いている。

 と、三人グループから、電話が。桜ちゃんだ。


「はーい」

『みつみん、今、一人?』

「うん。橋本、少し前に行ったから」

『ずっと一緒に居た?』


 と、ここで、マリアちゃんも加わる。


『どうした?』

『えっと、みつみん、さっきの答えを、纏めて、どうぞ』

「え? 少し前まで橋本と居て、橋本は走り幅跳びのために行った、よ? で、いいですか?」

『なるほど』

『了解であります。そろそろ始まりそうだし、このまま、三人で見てる?』

「いいよ」

『私も、大丈夫だ』


 少しして、開始の合図。3色が一人ずつ、走っては跳んでいく。青、赤、緑、だったらしい。


『みどりぃ……』

「まだまだあるし」

『橋本は何番目なんだ?』

「最後らしいよ」

『大役じゃん』

「見とけって言われた」

『気合い入ってんな、橋本ちゃん』

「だね」


 そのまま観戦しつつ、次が、最後。橋本の番だ。


『いよいよだね。みつみん、意気込みをどうぞ』

「私? えーと、ここまで全力だったそうなので、ここでも全力を期待します」


 と、橋本が、位置につく。走り、跳び、……着地。


「何メートル跳んだん? あれ」


 計測係の人たちが、少し動揺を見せつつ、距離を測る。


『何メートルだとしても、これは橋本が1番だな』

『ね、もう、何やねんって感じ』


 その順位は、赤、青、緑。

 総合順位の計算の間に、橋本たちは、撤収。


『あ、戻って来るよね。私、切るね』

『私も』

「へ」


 二人の通話は終了。なので、私も終了させた。

 程なくして、橋本が戻ってきた。


「お疲れ様です。見てましたよ、三人で」

「……三人?」


 カバンをどかし、空いたそこに座った橋本が、妙な顔をする。


「はい。桜ちゃんとマリアちゃんとの、三人で」

「……あー……そういう……」


 納得したような、不満そうな。そんな顔へ、聞いてみる。


「どのくらい跳びました? ものすごい跳んだ、くらいしか分かりませんでしたが」

「……7m02、だそうだ」

「……もんの凄い数字では?」

「だと思う。また勧誘されかけたわ」


 橋本が、少し疲れたような声で言う。


「背が高いからですかね……足も長いですし、フォームも綺麗に見えましたし」

「お前まで、陸上やれとか、言わねぇよな」

「言いませんよ。私は橋本さんを応援していますから」


 橋本のお父さんも、あれを見ていたのかな、と思いながら、そう言った。

 そうして、全競技が終わり、最終集計。赤青緑のテントにはほぼ全員が集まり、ざわざわしている。

 最終順位が、表示される。

 1位、赤。2位、青。3位、緑。

 周りがワッと沸き立つ中、


「嬉しいぃ……けども……」

「へいへい」


 そして、集まった3年生の代表が、それぞれトロフィーを受け取る。

 その後、校長がたに終わりのお言葉をいただき、校歌が流れ始めた。


「最初に聴いた時も思ったが、なんでこんな、こう、校歌っぽくねぇの?」

「河南の特色を出そうとした結果では?」


 流れているのは、ポップな感じの曲だ。時々英語も混じる。この校歌は、3番まである。

 そして、校歌の1番が終わり。終了と、生徒は教室へ、のアナウンス。


「じゃ、行くか」


 立ち上がった橋本に、言われ、


「そうですね」


 と、私も椅子から立ち上がった。


  ◇


「赤組、優勝おめでとうございます」


 担任の先生の言葉に、教室内が沸き立つ。


「で、先生、その段ボール!」


 クラスメイトの一人が言う。教卓には、段ボールが1箱。


「はい。各クラスに配られる、ちょっとしたお菓子です。一人2つ、持っていってください。では、どうぞ」


 先生が教卓から離れ、クラスメイトたちが段ボールに集まる。


「行かねぇの?」


 すぐ後ろからの声に振り返りつつ、答える。


「波が引けてから、行こうかと」

「ああ、なるほど」


 橋本は、納得した、といった顔をした。


「去年はどんなのだったんだ?」

「チョコとかクッキーとか、マシュマロとかですかね。あ、このマシュマロはウチのではありませんよ」

「そんくらい分かるわ」


 だんだんと、波が引けてくる。


「では、私もそろそろ」


 と、席を立つ。


「ああ」


 橋本がついて来る。

 段ボールを覗き込めば、去年と同じ様なラインナップだった。

 私は抹茶のチョコと、ピンクのマシュマロを取る。

 橋本は、黄色のマシュマロとビターチョコを取った。

 席に戻り、お菓子が行き渡り、少しして、カメラマンさんが来た。


「はい。じゃ、撮りますんで。少し場所を空けてもらって良いですか?」


 カメラマンさんの言葉に合わせ、みんなが動き出す。前側の机と椅子を、後ろに寄せ、ホワイトボードの前に集まる。


「じゃ、好きな感じに固まってー」


 集まり、先生も含めて、5枚ほど。


「はい。ありがとうございましたー」


 と言って、カメラマンさんは出ていった。

 机と椅子を戻し、解散。

 そこに、あとで打ち上げだから、一旦解散、と、クラスメイトに再度言われ、着替えに。行こうとして。

 そういや橋本、打ち上げは不参加だったな、と見れば。

 複雑そうな顔をしていた。


「橋本さん、打ち上げ、行きますか?」


 席に行って、聞いてみる。目を見開かれる。


「えっ来る?!」

「来なよ!」

「一人増えても変わんないよ!」

「行こうぜ橋本!」


 数人集まってきて、橋本は「お、おお……じゃあ、行くわ」と言った。


  ◇


 着替える前にメイクを落とそうとして、周りに止められて。「あとでやったげるから!」と、その言葉に、まあいいか、と頷き、「分かった。その時はよろしく」と、着替える。

 打ち上げ場所は、学校近くの居酒屋である。ちゃんと学校と店に許可を取ってあり、飲み物もソフトドリンクだけ提供されることになっている。そして、体育祭の打ち上げの、定番の場所なので、他のクラスや学年も、別の部屋にいる。

 ほぼ、河南での貸し切り状態だ。

 そこでみんなでわいわいと、ものを食べて、ジュースを飲んで、喋って。

 2時間ほどで、解散。私は二次会には行かないので、メイクを落としてもらって、いつもの顔に。

 帰る前にと、スマホを確認したら、橋本から、なんか来てた。


『帰るんだろ。店出たら、電話していいか』


 なんだろな、と思いながら店を出て、電話をしようとして。


「あ、橋本さん」


 スマホを操作している橋本が、店の脇に。で、私の声に、振り向いた。


「……ライン、見てねぇ?」

「あ、こっちから電話しようかと」

「そっか」

「で、なんですか?」


 近寄って、聞く。


「や、一緒に、帰って良いか」

「ああ、はい。大丈夫ですよ。では、帰りましょうか」


 そんな訳で、二人で歩き出す。


「……百合根と三木は?」

「二次会参加だそうなので」

「……顔、戻したんだな」

「マシュマロが居ますので。タトゥーシールと髪も、帰ったら速攻落として戻します。ネイルは寝る前ですかね」

「時間差の意味は?」

「除光液は、危ないので。マシュマロが自分の部屋に入ってから、落とします。あ、除光液、買わなきゃ。橋本さん、ちょっとコンビニ、寄って良いですか?」

「ああ」


 道の先に見えているコンビニに入り、除光液を買って。


「おまたせしました」


 コンビニスイーツを眺めている橋本へ、声をかける。


「ん」


 橋本はスイーツを買わずに歩き出す。


「良かったんですか? 買わなくて」


 コンビニを出てから聞く。


「新商品は、無かったから」

「……他の、全部、食べたんですか?」

「全部じゃない。参考になりそうなものだけ。まあ、そのうち制覇したいとは思ってるけど」

「……なんで太らないんです? 体質ですか? 筋肉量ですか? 脂肪細胞の数ですか?」

「は? え、……あんま、気にしたことねぇな」


 首をひねる橋本。


「えー、なんかズルいですねー。こっちは筋トレとかしてるのに」

「……別に太ってねぇじゃん」

「BMIの数値では、そうですけど。それは努力しているからこそ維持出来ている数字であってですね。いくら美味しくても、と言いますか、だからこそスイーツはカロリーが高いので」

「低カロリースイーツなー。あれ、味とのバランスがムズいんだよな。下手すると、不味いを超えた不味さになるし」

「試作とか、したことあるんですか?」

「あるよ。でも、上手くいったことはない」

「では、なるべく早く、完成を。お願いします。出来ればバナナカップケーキで」


 歩きながら頭を下げる。


「……お前ホント、それ好きな」

「好きですよ。大好きです。今日いただいたものも、もう、商品として置けるのでは? と……あ、きちんと感想を纏めたいので、あとで送ります」

「作った本人に向かって、堂々と」

「ちゃんと言葉には配慮しますよ?」

「だろうな。……ああ、あと、写真の件、妹さんの。大丈夫って伝えてくれ」

「……言われたからには、伝えますけど。覚悟、決めて下さいね?」

「分かってるよ」


 ホントに分かってるのかな。まあ、ヤバそうになったら止めるか、愛流を。


「あ、あと、お前、誕生日、いつ?」

「7月10日です。……橋本さんはいつですか?」

「8月の25」

「……そうですか」


 の、は付けるのに、にち、は省略するんだ。そんなことを思いながら、帰った。



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