20 バイト先に

 で、ホントに来たぜ。次の日だぜ?


「いらっしゃいませ」

「……ああ」


 橋本は、店内を見回し、キョロキョロとする。


「席は自由に選べますが、どうしますか? ご案内もできますが」

「じゃあ、頼む」

「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」


 と、案内したのは、窓側の二人席。


「では、お水をお持ちしますね。少々お待ち下さい」


 言って、ルーティンをこなし、橋本のもとへ。


「おまたせしました。メニューはどうしますか? 説明もできますが」

「や、いい。考える」

「かしこまりました。では、御用の際はお声がけください」


 橋本への対応を終え、引っ込みつつ店内を軽く見回す。


「(光海、いいかい?)」

「(はい。なんでしょう、ヴァルターさん)」


 カウンターに座るヴァルターさんの所へ。


「(同じのを、もう一杯頼むよ)」


 ヴァルターさんが、空になったグラスを掲げて言う。私は素早くメモとペンを取り出し、書く。


「(かしこまりました。……ウェルナーさんのも空いてますが、どうしますか?)」


 ヴァルターさんの隣に座っている、薄めの金髪の男性。そのウェルナーさんは、ヴァルターさんの弟だ。


「(あ、じゃあ……俺も、兄さんのと同じのを)」

「(かしこまりました。少々お待ち下さい)」


 メモして、グラスを持って厨房へ。今日はアデルさんの調子が良いらしく、厨房に、だけど、ラファエルさんと一緒に二人で居る。で、伝達、飲み物、おまたせしました、と持っていく。からの、他にはないと言うことを確認して、引っ込む。


「……成川、いいか」

「はい。なんでしょう?」


 神妙な顔をしている橋本の所へ。


「なんか軽くは食べたいんだけど、どれがなんだ?」

「軽く、ですか。では」


 出したメモとペンを片手に持ち、開かれているメニューの、一つを示す。


「この、タブレ、というのは、どうですかね。クスクス、というパスタをご存知ですか?」

「名前は」

「それを使った料理です。写真にありますが、野菜とハーブを使っていて、さっぱりしたものです。いかかでしょう?」

「じゃ、それで」

「かしこまりました。お飲み物はどうしますか?」

「あー……ディアボロ・シトロン」

「かしこまりました。お飲み物は先にお持ちしますか?」

「あ、うん、頼む」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 メモをとり、厨房へ。伝達、飲み物、テーブルへ。


「おまたせしました」


 と、ディアボロ・シトロンを置く。


「あとは何か、ありますか?」

「……お前、ここでは名前で呼ばれてんの?」


 恐る恐る、といった感じで聞いてくる。


「そうですね。下の名前で呼んでくださるかたも、名字で呼んでくださるかたも居ます」

「……そ。じゃ、それだけだから」

「では、御用の際はお声がけください」


 で、見回し、隅に。少しして、ラファエルさんに呼ばれた。橋本の料理だ。


「おまたせしました。カトラリー類はそこのカゴに。お箸もあります。セルヴィエット──紙ナプキンは、そちらに。では、どうぞ、ごゆっくり」


 引っ込み、隅に戻る。

 少しして、カラン、と鳴った。ベッティーナさんとアレッシオさんだった。


「(いらっしゃいませ。二名様、でよろしいですか?)」

「(ああ、うん。席に座ってるから、よろしく頼みたい。……いいよね?)」


 アレッシオさんが言い、ベッティーナさんへ顔を向ける。


「(そう決めたよね?)」


 ベッティーナさんはアレッシオさんへ、呆れるような、微笑ましいものを見るような顔を向け、言う。


「(うん。じゃあ、それで)」


 こちらへ向いたアレッシオさんたちへ、かしこまりましたと、厨房へ。ルーティンで、水を持っていく。二人は、あの席に座っていた。

 水を置き、二人ともスープ・ド・ポワソンで、飲み物は無し。かしこまりました、とメモって厨房へ。伝達して、ホールに出て、確認してから、隅に。


 5人グループに入ったあと。マリアちゃんから、ベッティーナさんたちがどうなったかと、ことの経緯を教えてもらった。二人には、了承を得ているそうだ。


 まあ、まず、ベッティーナさんとアレッシオさんは、恋人になった。なったというか、戻った。


 マリアちゃんたちがイタリアに居た頃、ベッティーナさんは、近所の遊び相手のアレッシオさんに告白された。で、付き合うことにした。そして相思相愛になって、けど、別れの時が来た。マリアちゃんたち家族が、日本に帰る──もともと、マリアちゃんたちのご両親は、片方が日本人、片方がイタリア人、なのは知ってたけど、その二人は日本で出会って日本で結ばれたらしい──ことになったのだ。


 離れてしまうことを、ベッティーナさんとアレッシオさんは悲しんで、でもどうにもできなくて。思い出に、と、幸運の印の四つ葉のクローバーを一緒に探して、アレッシオさんは見つけられなくて泣いたらしい、けど、ベッティーナさんは、なんとか2つ、見つけ出した。二人はそれを栞として身につけ、無理に探すのはやめよう。天罰が当たるから。けど、また出会えたら、その時、栞を持っていたら、また愛し合おう。と、別れたそうな。その時、アレッシオさんは6歳、ベッティーナさんは7歳。マリアちゃんは3歳だ。


 そしてアレッシオさんは、マリアちゃんのアカウントを見つけ、そこに投稿されている画像にベッティーナさんが写っていて。この店に辿り着き、二人は無事、恋人に戻れた、という話である。加えて、ベッティーナさんはゲン担ぎのため、伸ばせるだけ髪を伸ばしていたのだ、と、マリアちゃんは説明してくれた。


 ユキさんが『もしかしてだけどさ、そのためにインフルエンサーしてたとか、ある?』と聞いた。『それも少しあったけど、これは、やりたいからやってる』と、マリアちゃんは、答えた。

 と、そんなやり取りをした。


 あ、ラファエルさんに呼ばれた。ベッティーナさんたちの分である。テーブルに置き、他は今はいいということで、引っ込む。ベッティーナさんの髪に指を通していたアレッシオさんは、料理がもう来たからと、ベッティーナさんに窘められ、名残惜しそうに髪を一房取り、キスをした。


「成川」


 呼ばれたので、返事して向かう。


「お前、今日、シフト通り?」


 小声で聞かれる。


「はい。午後の8時まで居ますよ」

「そお……」

「何か、ありますか?」

「や、もうちょい、ここ、居ても大丈夫か」

「はい、もちろんです。それで……お水のおかわりはどうしますか?」


 料理も飲み物も、まだ残っている。けど、水のグラスは空だ。


「あ……いや、いい。またなんかあったら、聞く」

「かしこまりました」


 引っ込み、隅に。ヴァルターさんたちに、会計で呼ばれ、終わらせ。


「(あの子、友人かい?)」


 と、橋本をちらりと見たヴァルターさんに、聞かれた。


「(ああ、同じ高校のクラスメイトです)」

「(そうなんだ)」

「(はい)」

「(そんな感じには見えないけどな)」


 と、ウェルナーさん。


「(そうですか?)」

「(いや、光海じゃなくて。……ま、いいや。忘れて)」

「(そうですか。かしこまりました)」


 それじゃあ、と、二人は店をあとにした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る