18 自覚

 カメリアに到着して。


「いらっしゃいませ」

「こんにちは」

「あ、この人な。伯母さん。親戚の伯母な」


 ほ、ほう……。


「今、私は店員で、あなたはお客さんですよ」

「ん、分かってる」

「お連れのかたが困ってるじゃないですか」

「まあ、だろうとは思う」


 橋本が気にしてないのが、なんか腹立つな。よし、切り替えよ。


「で、橋本さん。色々と伺いたいんですが」

「何を」

「商品について」

「……こっちに店員さんがいるだろ」


 呆れた顔を向けられ、伯母、だという人を示す。


「ここを継ぐんですよね。商品の説明をしてもらえませんか? 未来のパティシエさん」

「……やってやるわ」


 顔をしかめられたが、まあいい。


「で? どれの何が気になんだよ」


 橋本はショーケースの前に立ち、こちらへと振り向いた。


「えー……ではまず──」


 気になるものの説明を受けながら、家族の食の好みや健康面についてなどを話し、聞いてみるだけ聞いてみる。

 橋本はそれに、スラスラと答えていく。

 それをもとに、フルーツタルト2種といちごのショートケーキ、ビターチョコのケーキ、ロールケーキ、クリームチーズケーキ、アップルパイ、パンナコッタ、シュークリームを選んだ。橋本がそれの会計をしている間に、バナナカップケーキを一つ取る。


「すみません、これは、別で」

「かしこまりました」「あ? なんでだよ」


 二人の声が被った。私は橋本へ顔を向ける。


「ずっと言っていたじゃないですか。ここへはよく買いに来るって。これは、私個人で買います」


 そう言って、カウンターへ。


「すいません、お願いします」

「はい。いつもありがとうございます」


 橋本の伯母だという店員さんは、私たちのやり取りをスルーし、いたって普通に接してくれた。

 ぷ、プロだ……流石だ……。


「……お前、あの話聞いて、よく即座にそれを買えるな」


 カメリアから出たら、橋本にそんなことを言われた。


「どういう意味です?」

「……や、いいわ。お前はそういう奴だしな」


 どういう意味だこら。


「じゃ」


 と、橋本は、カメリアに沿って歩いていく。


「裏にあるご自宅に帰るんですか?」

「そーだけど?」


 足を止めた橋本が、振り返る。


「ちょっと、玄関に入るところまで見ていいですか?」

「……いーけど。なんなら中、入るか?」


 え?


「厨房に入るのは流石に無理だけど。外からちらっとなら見れるぞ」

「マジですか。良いんですか」

「じゃ、ついて来い」


 歩き出す橋本に、吸い寄せられるようについて行く。

 なんだ? 橋本が神に見えてきたぞ?


「で、ここ玄関」


 橋本はリュックから鍵を出し、ガチャリと音をさせて、ドアを引き、ずんずんと入っていく。

 呆気にとられていた私は、閉まりそうになったドアの取っ手に手をかけ、開ける。


「お邪魔します……」

「こっち、キッチン」


 既に廊下に上がっている橋本に言われる。……キッチン?


「買ったやつ、一旦冷蔵庫入れとけ。保冷剤が切れたら新しい奴出す」


 な、なるほど……。


「では、お言葉に甘えて」


 それで、通されたキッチンも、一般家庭のキッチンより、数段広くて。冷蔵庫も、家族全員分の食材を入れる、ウチの冷蔵庫と同じくらい大きくて。

 ムダに、キョロキョロしてしまう。もう既に、観光気分だ。


「で」


 リュックを下ろした橋本は、その冷蔵庫を躊躇いなく開ける。いや、自分の家の冷蔵庫なんだから、当たり前だけど。


「ん、入る」


 橋本は、一旦冷蔵庫を閉め、こっちへ顔を向けた。


「入れるから、貸せ」


 と、手を出される。


「……お願いします……」


 その流れで、紙袋を差し出しかけ、


「や、待って下さい。これ、カップケーキも入ってますよね。そりゃ、冷やしたのも美味しいですけど……」

「気になんなら、オーブンで温め直せ。レンジじゃなくてオーブンのが良い。常温に戻してから200度の予熱かけて、2分くらい。足りなきゃ、様子見で時間、足してけ」

「ほ、ほお……」

「で」


 と、差し出された手に、袋を預けた。

 橋本は丁寧な手つきで、袋をテーブルに置き、箱を取り出し、冷蔵庫へ仕舞う。そして、袋を畳み、


「これ、どうする? 置いとくか?」

「あ、はい。では、そのままで」

「ん」


 橋本は畳んだ袋をテーブルに置き、「で、こっちが厨房に通じる通路」と、またずんずん歩きだす。私は、周りを見ながらそれについて行く。

 歩いていくと、雰囲気が変わる。家ではなく、仕事場のような。


「で、ここが厨房」


 と、示された扉は、頑丈そうで。一辺が40cmくらいの大きさの、分厚い、ガラスのようなプラスチックのようなものが嵌め込まれ、中を見ることが出来た。


「と、十九川さんがいる……」


 なんか作業してる。なんだろ、なんのお菓子だろ。


「あれは仕込みだ。明日の分の作業してる。……タルト生地だろうな、あれは」

「ほ、ほおお……」


 見ていたら、視線を感じたんだろうか。十九川さんがこっちを見た。ちょっと驚かれた! え、会釈しとこ!


「……すご……」


 十九川さんが作業に戻り、永遠と眺めてられそう……と思ったところで我に返った。


「あ、橋本さん。ありがとうございました。貴重な体験をさせていただいて」

「もう良いのか?」

「いえ、このままだと、永遠に眺めてしまいそうで……」


 変な顔をしないでくれ。変なことを言ってる自覚はあるから。

 その顔が、私の後ろを向いた。


「父さん」


 父さん。えっ。

 そっと振り向けば、さっき通り過ぎた階段から降りてきていたらしい男性が、苦笑しながらこっちへ来た。

 なるほど。橋本の面影を感じる。背も高い。ではなく。


「突然お邪魔してすみません。私、成川光海と言います」


 体の向きを直し、ペコリと頭を下げ、上げる。


「橋本、涼さんのクラスメイトで、ちょっと我が儘を言って、お仕事の場所を見せてもらっていました」

「こいつに勉強教わってた」


 なぜ今言う?


「はじめまして。涼の父の、橋本隆と言います。息子の勉強に付き合っていただいて、ありがとうございます」

「いえ、そんな」

「涼、俺に声をかけて良かったのかい? 邪魔じゃないかな」

「いや、もう帰るって」

「そう? じゃあ、成川さん、僕もまだ、仕事があって。なので、失礼しますね」

「いえ、こちらこそ」


 会釈され、会釈を返して。橋本隆さんという橋本のお父さんは、奥へ向かっていって、ドアを開け、その部屋へ入っていった。


「えーと、では、帰ります、ので」


 振り向けば、「おう」と返される。

 で、キッチンに戻り、橋本は中身を確かめて。


「一応、保冷剤1個、足しとく」


 と、冷凍室から保冷剤を出し、


「セロテープで勘弁な」


 そう言って、手早く保冷剤を中に入れ、テープで固定し、箱を閉じ、袋へ入れて。


「……玄関まで持っとく」

「え、あ、はあ……どうも……」


 で、玄関へ行き、靴を履き、橋本はサンダルを履いて、ドアを開け、


「ん」


 袋を差し出してきた。


「ありがとうございます。色々と」

「いや、……成川」

「はい」

「一回、名前、呼んでみろ。俺の」

「……橋本さん」

「名前」

「……。……涼、さん」

「……ん、じゃ、閉める」

「あ、はい。ありがとうございました」


 軽く頭を下げ、玄関を出る。振り向く間もなく、ドアは閉められた。

 もう一回、ちゃんとお礼言いたかったのに。


  ◇


 玄関ドアを閉めた橋本涼は、リュックを取りにキッチンへと足を進める。


『橋本、涼さんの』

『……涼、さん』


 躊躇うように言われたそれ。戸惑いがちに言われたそれ。

 橋本涼はリュックを持つと、足早に自分の部屋へ入り、リュックをドサリと置き、ベッドに突っ伏した。


「……マジでガキじゃん」


 呟かれたそれは、自分以外の誰にも聞こえず。

 そのままベッドに、吸い込まれていった。



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