15 イタリア語のお客様は

 仏壇を掃除して、物を並べ直し、仏飯と水を変える。線香を上げ、手を合わせ、目を閉じる。

 橋本涼は、自分なりの決意表明を、心の中で先祖と母に伝えた。


「……」


 ロウソクの火を消し、立ち上がる。


「涼」


 集中していたからか、その声に肩が跳ねた。振り返れば声の通り、祖父だった。


「私も、上げていいか」

「……仕事は」

「休憩だよ」


 祖父と場所を代わり、消したばかりのロウソクに、祖父が火を点けるのを、眺める。祖父は線香を上げ、手を合わせ、目を閉じる。


「……さて」


 幾らかして目を開けた祖父は、ロウソクの火を消した。


「休憩は、終了だ」

「じいちゃん」


 声をかければ、祖父はゆっくりこちらを向いた。


「聞いて欲しい、ことがある。出来れば父さんと、伯母さんにも。どっかで時間くれ……ませんか」

「分かった。仕事が終わったらで、良いか?」

「うん」

たかしあゆみにも伝えておくよ」

「分かった。ありがとう」


 軽くでも、頭を下げる。上げたら、それを見ていた祖父は一度頷いて、


「では、戻るか」


 と、居間をあとにした。


  ◇


 今日は、バイトである。久しぶりに、午前10時ちょい前から午後8時ちょいまでのフルである。


 マリアちゃんから連絡を貰っていたので、私はそれを先に、ラファエルさんとアデルさんへ伝えた。マリアちゃんが、ユキさんとアズサさんを連れて、昼頃に来る、と。合わせて、桜ちゃんも少し遅れて合流するだろうと。

 あの日、話を聞いた桜ちゃんは、自分も一緒に行っていいかと私たちに聞いた。選択権はマリアちゃんたちにあるので、と言えば、じゃあそれも伝えとく、とマリアちゃんは言った。で、OKが来たそうだ。


 新規の人は、落ち着いてきている。そのまま見なくなった人もいれば、また何度か、来てくれている人もいる。

 カランと鳴り、顔を向ければ。


「(いらっしゃいませ)」

「(どうも)」


 その、何度か来てくれている人の一人である、イタリア語の人、アレッシオさんが、ご来店だ。


「(ああ、今日も一人だよ。カウンターでいいかな)」

「(かしこまりました。お水、お持ちしますね)」


 厨房へ引っ込み、伝達、水、それをアレッシオさんの所へ。


「(注文、いいかな)」

「(はい。どれでしょう?)」


 メモとペンを出す。


「(今日は、これを)」


 と、示されたのは、ラタトゥイユだ。


「(あと、コーヒーを頼むよ。コーヒーは先で)」

「(かしこまりました。少々お待ち下さい)」


 メモ取って、厨房へ。伝達し、コーヒーを用意し、アレッシオさんの所へ。

 おまたせしました、とコーヒーを置き、隅に寄る。会計に呼ばれ、終わらせ、テーブルを片付けようかと思ったらラファエルさんに呼ばれ、アレッシオさんへラタトゥイユを運び、そのあとにテーブルを片付けて。

 そろそろ昼だな、と壁の時計に目を向けた、時。

 カラン、と鳴った。顔を向ける。マリアちゃんたちだった。


「いらっしゃいませ。……どうかした?」


 マリアちゃんが、珍しく驚いた顔してる。私を見てる訳じゃない。カウンターのほう──


「(……マリア?)」


 アレッシオさんが、マリアちゃんに顔を向けて、少し驚いた顔で言った。


「どした?」


 と、ユキさんが言う。アズサさんも、よく分からないといった顔をしている。

 私はあえて、マリアちゃんとアレッシオさん、その二人の視線を遮るように立った。


「席、どうする? 案内する?」


 マリアちゃんの顔を見て聞く。


「……あー……お願いするよ」

「了解」


 私は奥の席に、三人を案内して、小声で。


「なんかある? 人呼ぶ?」

「や、いい。大丈夫。いつも通りで頼むよ。あの人も知り合いなだけ」

「分かった。じゃ、お水、お持ちしますね」


 厨房へ引っ込み、伝達、水、持って行く、の流れ。


「おまたせしました」


 言って、水を置いていく。


「ご注文はどうしますか?」


 三人共、少し考えると言うので、引っ込む。

 と、マリアちゃんが二人に断りを入れて、立ち上がった。向かう先は、アレッシオさん。


「(姉に、連絡しますか)」


 真剣な顔をして、イタリア語で聞く。私は常連さんと、マリアちゃんからイタリア語を教わった。


「(してくれるのは有り難いけど、マリア、君は怒られない?)」

「(では、連絡します。どうなるかは、姉次第ですが)」

「(……そうだね)」


 アレッシオさんは困ったような顔をして、それを見たマリアちゃんは、くるりと席に戻った。

 カラン、と音がする。見れば、桜ちゃんが居た。


「いらっしゃい。もう来てるから、案内するね」

「ヤッホ。ありがたい」


 と、桜ちゃんを、マリアちゃんたちの席へ。


「どうもー、みつみんとマリアちゃんの友達の、百合根桜です。はじめまして」

「あ、柳原ユキって言います。インフルエンサーしてます」

「アズサ、です。モデルしてます」


 三人は軽く会釈して、それを見ていたマリアちゃんは、


「桜、悪い。ちょっと待っててくれ」


 言いながら、スマホを操作している。


「じゃ、桜ちゃん、水持ってくるね。メニューはどうする?」

「ん、もう皆さん決めました?」


 桜ちゃんの問いに、三人ともまだだと答えた。


「じゃ、一緒に決める」

「分かった」


 厨房、伝達、水。


「おまたせしました」


 持ってくれば、マリアちゃんは席を立ち、アレッシオさんにスマホを見せていた。


「(うん、分かった。ありがとう)」


 アレッシオさんが頷く。のを見て、マリアちゃんはキビキビと、戻ってきた。


「光海、光海も今、時間あるか?」


 マリアちゃんに聞かれ、


「ん、そうだね……」


 店内を見回す。すぐ動くことはなさそうだ。


「今は大丈夫」

「じゃ、ちょっと軽く説明する。ユキ、アズサ、突然で悪い」

「や、いい、いい」


 アズサさんもこくこくと頷く。


「光海と桜には少し話したことあるけど、私は小さい頃、家族でイタリアで暮らしてた。その時の、……知り合いが、あの人」


 あの人、とスマホで示すのは、アレッシオさん。


「で、まあまあ仲が良かった。んで、詳細省くけど、こっち、日本に来る……戻る時、まあ、家族ともども、盛大に名残惜しんだ訳だ。で、居るから、家族に連絡した。以上。答えられる質問なら、答える」

「あ、じゃあ1つ」


 私は確認のための質問をした。


「(アレッシオさんが日本語を話せるのは、知ってる?)」

「(……今知った)」


 マリアちゃんは、ため息を吐きながら言う。


「日本語、通じる訳だ?」


 マリアちゃんのそれに、通い慣れている桜ちゃんも、一度来てくれたユキさんとアズサさんも、それだけで、分かったらしい。


「逆に、何を口にしていいか分からない」


 ユキさんが小声で言う。

 マリアちゃんはスマホを操作し、テーブルに置いた。


『じゃ、文字で』


 と、そのスマホが、通知を受け取った。


「悪い。待って」


 マリアちゃんはスマホを操作し、


「(悪い、光海。アレッシオに伝言頼む)」


 小声で言ってきた。


「(分かった。なんて?)」


 メモとペンを取り出す。


「(着くまで早くて3時間。それまでに帰るなら、電話番号を伝える)で、頼む」

「了解」


 メモったそれを、私はアレッシオさんに伝えた。


「(ありがとう。待たせてもらっていいかな?)」

「(はい。問題ありません。伝えますね)」

「(よろしく頼むよ)」


 で、マリアちゃんに伝えた。ところで、会計に呼ばれる。


「ごめん、行くね」

「いや、ありがとう」


 会計を済ませ、テーブルを片付けていると、カラン、と音がした。

 明宏さんたちだった。


「いらっしゃいませ」


 片付けを中断して、向き直る。


「ああ、いつもの席、空いてるかな」

「はい。空いてます」

「じゃ、行ってるよ。……いいか?」

「ああ、うん」


 楓さんが頷いたのを見て。


「では、お水をお持ちしますね」


 水を持ってきて、


「ありがとう光海。注文いいかな」

「はい」


 メモとペンを出す。


「僕はカスレ」


 と、明宏さん。


「俺はキッシュで」


 と楓さん。


「かしこまりました。お飲み物はどうしますか?」

「いや、まだいい」

「あ、俺も、大丈夫」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 厨房へ伝え、テーブルの片付けを再開。……終了。

 念のため、マリアちゃんたちの所へ行く。


「どう? 私、何か、することある?」


 スマホで会話していたらしい4人へ、声を掛ける。


「あ、じゃ、……見せて良いか?」


 マリアちゃんの問いかけに、


「おう」

「うん」

「大丈夫」


 ユキさん、桜ちゃん、アズサさんが答えた。

 マリアちゃんが見せてくれたのは、急遽作ったらしい、4人のグループラインだった。



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