14 図書室について

「ほいおまたせ」


 駅ビルに先に着いていた私は、このビルにも入っているコーヒーチェーンで課題の残りをしていた。

 そこへ、大樹が遅れてやってくる。


「はいどうも」


 私は課題を手早く片付け、飲みかけだったミルクティーを飲み干し、カップをゴミ箱に入れ、


「じゃ、本屋行こうか」


 で、


「なんの教科の、どんな参考書がいいの?」

「世界史。なるべく取っつきやすいヤツ」

「ふむ」


 私は本棚を眺め、


「じゃ、これとこれは?」


 と抜き出した2冊を渡す。


「んー……」


 大樹はそれぞれパラパラと捲り、


「どっちかっつったら、こっち」


 と、片方を持ち上げた。


「どの辺が良かった?」

「まあ、図が多くて見やすいし。年表付いてるし、何より薄いのが気が楽」

「ん、ではそれで。会計してきな」

「へい」


 私は返された1冊を棚に差し戻し、大樹の居るレジへ向かおうとして。


「あれ? えと、成川、さんだっけ」


 聞き覚えのある声に、振り返る。

 そこには予想通り、髪の色は水色だけど、柳原ユキさんが居た。


「柳原さん。お久しぶりです」

「や、どうも。本探してました? てか、柳原じゃなくてユキでいいっすよ」


 こっちに歩いてくるユキさんに「いえ、付き添いで」と答える。


「この辺でお仕事ですか?」

「あ、さっきまで、一時間前? くらいに、神社寄って配信してました。時々やるんすよ、突発配信」

「あ、この前、少しですけど、アカウント見ました。色んな所に行ってるんですね」

「見てくれたんすか? 嬉しいっす」


 そんな話をしていたら、大樹が戻ってきた。


「……どちらさん?」


 大樹が首をかしげる。


「あ、柳原ユキって言います。インフルエンサーしてます。そういや光海……名前で呼んでいいっすか?」

「はい、どうぞ」

「光海さん、付き添いって言ってましたっけ。すんません、お邪魔しちゃった感じっすか」


 ユキさんが、私と大樹を交互に見る。


「いえ、弟の本選びの付き添いなので。もう用事も終わりましたし」

「そうなんですね。ま、じゃ、長居もアレなんで、失礼します。また、あの店、寄らせてもらいますね」

「はい。ぜひ」


 手を振るユキさんへ手を振り返し、エレベーターへ向かうのを見ていたら、


「……ちょっと、彼氏って言って驚かせたかった」


 大樹が渋い声で言った。


「それは本音か?」

「嘘です」


 そんな会話をしつつ、帰宅した。


  ◇


「理数系、とは言いましたが、理科系統はもう、半分どころか三分の二くらいいけてるんじゃないですか?」


 次の日の放課後である。学習室で突っ伏す橋本に、思ったままを述べた。


「まじか……」

「テストの点だって上がってるじゃないですか。証拠ですよ、点数は」

「そっか。……あ、成川」


 顔を上げた橋本へ「なんですか?」と聞く。


「ノートのコピー代、頭から抜けてた。幾らした?」

「ああ、それならタダです」

「……家でコピーしたからとか、言うんじゃねぇよな?」


 目を眇める橋本を、久しぶりに見た気がする。


「それは物理的に無理ですね。あの量を家でやったら、用紙もインクもすぐ無くなると思うので」

「で?」

「学校の図書室のコピー機を使いました。学校関係者なら、タダで出来ますから」

「……としょしつ」


 そういやそんな場所あったな、みたいな顔をするな。


「図書室、使ったことないとか、あります?」

「な、あー……行ったことは、ある」


 利用したことは、ない、と。


「また、行ってみたらどうです? 行ったことがあるならご存知かとは思いますが、図書室は広いし、蔵書量も種類も豊富です」


 荷物を纏めながら言えば、


「種類?」


 と訝しげな声を出された。


「そうです。勉強の本、娯楽本、進路の本、新聞も数社置いてありますよ。まあ、進路進学系は、進路指導室のほうが多いですけど」

「ああ……あそこ……」


 あそこ、の、言葉と口調で、なんとなく見当がついた。橋本は昨年度まで素行不良だったのだから、生徒指導室と共に、そこにもそれなりに呼び出されたりしていたのだろうな、と。


「で、私は準備を終えましたが、今日は本を借りてから、カメリアに向かいたいなと」

「あ、ああ、悪い」


 慌ててものをリュックへ詰めだす橋本へ「ゆっくりで大丈夫です」と声を掛ける。橋本は一度動きを止め、いつも通りのスピードでものを仕舞った。


「終わった」

「はい、では」


 流れ作業のように手続きを終え、本を借り、


「今度は何」

「見ますか? パラッとで良いなら」


 説明が面倒になったので、本を差し出した。

 橋本は一瞬目を見開き、若干マシュマロになりながら、本を受け取る。

 今日借りたのは2冊だ。内容は同じだけど。

 近世のイギリスが舞台の、貴族と平民の恋愛モノ。の、イギリス──自国出版のものと、日本語訳されたものだ。イギリス、のロンドンの話で、生活描写が細かくて好きである。

 橋本は、まず日本語訳の本を見て、次に、英語の方を見る。


「……どうも」


 妙な顔をされながらも2冊とも差し出されたので、受け取り、トートバッグへ仕舞う。


「では、行きますか」

「ああ」


 で、歩きだして、すぐ。


「英語と、和訳なのは、分かったが。なんで両方借りるんだ?」


 ちゃんと分かったんだ。と、思いながら答える。


「読み比べです。橋本さんの言う通り、片方は日本語で書かれてます。言い回しや文化、スラングや生活表現。そういうものの捉え方、日本語での──この翻訳者さんが考える適切な和訳。それの読み比べです」

「あー、なる、はー……」


 理解してくれたらしい。


「あ、それと、成川」

「なんですか?」

「新作、発売日、確定した」

「えっいつですか?!」


 勢いよく振り仰いでしまった。


「5月、最後の週の、土曜。けど、あんま周りに言うなよ。家族とかは、大丈夫だろうけど」

「分かりました。頭に刻み込みました。あとでスマホに入れときます」

「お前ホント、食いつき良いな」

「好きなので」

「分かってるよ」


 そしてまた、るんるん気分でカメリアへ。

 ショーケースを眺め、焼き菓子を眺め、この前は全部生菓子にしたから焼き菓子にしよう。と、決めた。

 バナナカップケーキを合わせたカップケーキ4種と、マドレーヌを全種。を、トレーに乗せる。


「そんで良いのか?」

「はい。この前と違うものを、と、思いまして」


 で、詰めて貰って、橋本に会計をしてもらって。


「毎回、ありがとうございます」


 店を出てから頭を下げ、すぐ、上げる。


「家庭教師代だって言ってんだろ」

「それでも、感謝してますので。では、失礼します」

「──成川」


 また軽く頭を下げたところで呼ばれ、「なんですか?」と言いながら頭を上げる。


「お前、この店、好きなんだよな」

「好きですよ? 家族共々好きです。あ、この前も、一番下の弟の誕生日ケーキを注文しました」


 橋本は、また一瞬目を見開いてから、


「あ、ああ……クリスマスとかも買うって、言ってたっけか」

「はい」

「うん、分かった。じゃ」

「あ、はい。失礼します」


 そして、帰路についた。



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