13 体育祭に向けて

 今は体育の時間だ。周りのざわめきが耳に届く。

 けど、それは、いつものざわめき方とは違っていて。


「橋本、速えな……」

「さっきの50m走、6秒ちょいだって」


 周りから聞こえるのは、そんな声たち。

 私はと言うと、3クラス合同で行われる体育の、備品やら何やらをどうにかする仕事をしていた。


 我が校の体育祭は、運動会と球技大会が混ざった様な、わりかし大掛かりなものである。丸一日かかるのはもちろん、場所も運動場や、第一から第三体育館など、あっちこっちと変わる。競技が重なる時間もある。

 で、我が校の特色の一つである、スポーツ推薦の人や、部活に力を入れていること、が、より、体育祭への熱となる。


 体育祭はまあ、ある意味文字通りに、体育の祭り、な、訳だ。


 そんな中、私が選んだのは、玉入れ。この競技も、少し練習したりするけど、少し、で、あって。そういう競技を選んだ人は、実行委員の人たちと共に、当日までの準備などに東奔西走する、という次第だ。


「みつみん、今年は敵だけど、ライバルと書いて友と読む、とかあるからね。一緒に頑張ろ」

「うん、そうだね。頑張ろう」


 一緒に三角コーンを運んでくれていた桜ちゃんに、頷く。桜ちゃんが出るのは、借り物競走だそうだ。マリアちゃんは、50m走とバレーボールをするそうだ。


「でもリレーがね。今から気が重いよ」


 愚痴を呟けば、


「私もだよ。しかも、何かない限り、全員参加だしねぇ」


 桜ちゃんは同意してくれた。良い友人だ。

 コーンを置き、次は棒高跳びの準備だ。棒高跳びも、あの、曲がる棒を使って飛ぶタイプの、正式? な棒高跳び。その準備。楽しいっちゃ楽しいけど、忙しい。けどやっぱり、楽しい。

 と、ワアッと歓声が上がった。声の方を向けば、400m走の練習をしている場所だった。そんでもって、橋本が走り終わったところの模様。


「なんかスゴイね? 橋本、足速かったのかな」

「ぽいね」


 けど、距離があるので、詳細は分からない。私と桜ちゃんは、他の準備の人たちに混ざって、てくてく東奔西走した。


  ◇


 アレ等が、こう役立つとは。体が鈍っていなくて良かった。

 橋本涼は少し遠く思いながら、走り幅跳びの練習をする。陸上の部活をしている生徒には及ばないが、これも、なかなか良い数字が出たらしい。


「凄いな橋本、陸上、やってなかったんだろ?」


 陸上に所属している男子が、言ってくる。クラスメイトだが、一度も話したことのない奴だ。


「ああ。中学までの体育くらい」

「記録、6m超え、つーか、7m近いし。3年が悔しがるぞ」


 また別の、一度も話したことのない奴が、言ってくる。


「そんななんか」


 陸上に詳しくないので、橋本涼には、どこまでが本音で、どこからがお世辞なのか、分からない。


「そんなだよ。プロの世界記録は9m近いんだ。で、体がまだ出来てない俺らは、全力でやっても7mが精々。橋本、お前もっと伸びるぞ」

「マジか」


 記録よりも、懇切丁寧に教えてくれることに、驚く。昨年体育祭をすっぽかした自分なのに、初日でここまで馴染めるとは。

 周りに走り幅跳びのコツを聞きながら、光海に感謝しなければ、と橋本涼は思った。


  ◇


 バイトを終えたら、マリアちゃんから連絡が来た。

 柳原さんとアズサさんに伝えた結果、ゆっくり出来なくてもいいから、私の居る時間に行きたい、とのこと。それと一緒に、直近2週間分の、来れるらしい時間が送られてきた。幾つか被る日があったので、私はOKを出し、その、被る日と、時間を送る。

 で、私はカメリアへ向かう。一番下の弟、勇斗の誕生日ケーキを頼みに行くのだ。

 勇斗の誕生日は、5月の11日。

 今日は、父も母も仕事が遅く、祖父母が家を回している筈で。勇斗の要望は聞いておいたし、一人で注文に行くのももう、慣れたもんだ。

 と、カメリアに到着。


「いらっしゃいませ」

「こんばんは。ケーキの予約をしたいんですが」


 いつもの店員さんに言えば、サッと準備が整えられ、瞬く間にケーキの注文を終えられた。

 ケーキの種類はホワイトのチョコケーキ。大きさは6号。チョコプレートの文言は『ゆうとくん おたんじょうびおめでとう』だ。バースデーキャンドルは4の数字のものと、真っ直ぐなのを4本。これは当日、勇斗に決めてもらう。

 取りに来る時間を指定して、注文票の控えを受け取り、会計を済ませ、帰宅。


「ただいま──おわっ」


 全力ダイブをいただきました。マシュマロに。


「ただいまーマシュマロ」


 ワウアウクゥクゥ言って、尻尾を振ってくれるマシュマロを、よいしょと持ち上げる。あの子犬が、3年で、いや1年足らずで、私と同じくらいの大きさになるとはね。いや、知ってはいたけど。サル期が懐かしいな。


「おかえり、光海」


 廊下を歩いていたら、おじいちゃんがリビングへのドアを開けてくれていた。「ただいま、ありがとう、おじいちゃん」とそのまま中に入る。

 リビングでは、寝るのをぐずっている勇斗を、家族みんなでなんとかしているところだった。


「ただいまー」


 おかえりと言われつつ、下のきょうだいたちに、目で助けを求められる。


「よーしよしマシュマロー。下りようねー」


 と、マシュマロを下ろし、その辺にあったコロコロで、制服に付いた毛を、適当に取る。


「勇斗、ただいま」

「みぃねぇー……!」


 おばあちゃんの膝の上に居た勇斗を、目の合図で渡し渡され、抱き上げる。


「勇斗、大っきくなったね」

「なった。おっきくなった、から、まだ、眠くないぃ……」


 完全に眠そうな声だ。


「うん、そうだよね。大人になってきたもんね」


 抱っこしつつ、揺らしつつ、背中を撫でつつ、両親と勇斗の寝室へ。

 あえて、電気を点ける。ベッドに座る。


「勇斗、もっと大きくなって、大人になったら、何したい?」


 背中をぽんぽんしながら聞く。


「もっと、……おおきく……」

「うん」

「やま……ふじさん……、……いぶ、き……………………」


 寝たようだ。鼻歌で子守唄を歌いながら、勇斗をそっと、ベッドに寝かせ、イルカのぬいぐるみを抱かせる。

 部屋の灯りを半分にして、家族ラインに、勇斗が寝たことを報告。

 で、そのまま、そこで課題を始める。それほどせず、スマホが通知を受け取った。家族ラインかと思えば、橋本からだった。


『なんか、初日なのに、めたくそスゲェって言われたわ。成川のおかげだわ』


 ずいぶんと素直だな。


『それは良かったです。でも、橋本さんが参加すると決めて、実行したんですから、橋本さん自身の選択でもありますよ』


 と、送ってから、


『歓声が上がったりしていましたが、何がどのくらいすごかったんですか?』

『50mのタイムが、最高5秒93。100mが11秒07。400mは42秒75。走り幅跳びの最高が6m82。だった。なんか陸上に勧誘されかけたわ』


 どれもこれも、特段何もしていない高校生なら、出せない数字だ。


『すごいですね。勧誘をしたい気持ちが分かります。では、すみませんが、これから課題を片付けなければならないので』


 おやすみなさい、とスタンプを送り。


「……初めてスタンプ送ったか?」


 首をひねっていたら、橋本から。

 布団に入って寝ている猫のスタンプが送られてきた。

 チョイスが可愛いなと思いつつ、そのまま課題をしていたら、おばあちゃんがやってきて。私は場所を代わり、寝室を出る。

 ケーキの注文票の控えを畳んで、中にレシートを挟んで、リビングのテーブルの上に置き、その上にペーパーウェイトを置く。

 自室に入り、制服を脱ぎ、一旦パジャマを着て、制服をブラッシングして、ハンガーラックにかけ、課題を終わらせ──途中から愛流が部屋に入ってきたけど──風呂に入ろうと部屋を出て。


「光海」


 大樹が部屋から顔を出し、声をかけてきた。


「何? これからお風呂だけど」

「参考書、ちょっと選んでくんね?」

「ネット? 本屋?」

「本屋。自分でも見たい」

「明日の放課後は?」

「空いてる」

「じゃ、駅ビルの書店で現地集合、でいい?」

「おけ」


 と、大樹はドアを閉めた。私は風呂に入り、明日の準備をして、


「愛流、いつまでいるのかね」

「も、ちょい。ちょいで完成するから、見てほしい」

「了解」


 本を読みながら待っていたら、「お姉ちゃん」と声をかけられた。


「完成した?」

「そう。どう? 今度のウェブのやつに応募する予定の一つなんだけど」


 見せられたタブレットを眺める。

 和風とも中華風とも言えそうな淡い服を着て、長い髪をゆったりと結わえた、性別不明の人が、舞い散る花々に囲まれて、ふわりと浮かんでいる。


「綺麗だと思う。そのウェブのは、どんな、とか、テーマがあるの?」

「天女と、悪魔と、夜景。で、これは天女のほう」


 女性なのか。


「いいんじゃない? 私は幻想的で、綺麗だと思う」

「やったぜ。じゃ、おやすみ」

「おやすみ」


 愛流が部屋を出ていき、私も本を仕舞って寝た。



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