12 体育祭について

「で、二期がね。今年の冬! に! 決定しました!」

「おーおめでとう」

「うん、おめでとう」


 興奮してそう言った桜ちゃんに、私とマリアちゃんはパチパチパチ、と控えめに拍手をした。

 場所はいつものコーヒーチェーン。三人で少しだべろうと、これまたいつものように集まった訳で。


「ね、みつみんもマリアちゃんもさ、また初回、1話だけで良いから観て! てか、一緒に観よ?!」

「え、私、ドラマは1話目しか観てないって……」

「大丈夫だよ!」


 うわ勢いがすごい。


「あの終わり方なら! 二期からでも話が分かる筈だから!」

「観るのは良いが、一緒に観れるかは、分からないな。仕事の調節はしてみるが」

「ほらマリアちゃんもこう言ってくれてる!」

「う、うん、分かった。私もバイトとか、調節するよ」

「いえーい♪」


 桜ちゃんは嬉しそうに言って、カフェオレを一気飲みした。


「ああ、それとそうだ。光海」


 マリアちゃんがこっちを向いた。


「またあの二人が、店行って良いかって。光海にも会いたいと。どうする?」

「え、全然オッケーだよ。……あ、そうすると、私がいつシフト入ってるか、教えないといけないのか?」

「いや、そう細かくは。近い日程が良いけど、空いてて、ゆっくりできる時間帯が良いんだと」


 空いてて、ゆっくり。


「うーん……今ははっきりしたことが、言えないなぁ」

「なんだ? なんかあったか」

「うん、なんかね。少しは落ち着いて来たんだけど。今、新規のお客さんがそれなりに来てて。それは嬉しいんだけど、前に来てもらったみたいな雰囲気とは、ちょっと違ってるから」

「ねえねえ二人とも。なんの話?」


 桜ちゃんに聞かれ、最初はマリアちゃんが、途中から私が、ここまでのことを説明した。


「おおー。あのお店、今、そんなことに」


 桜ちゃんにも、何度か店に来てもらったことがあるので、話をすぐに理解してくれた。


「で、ゆっくり、じゃなくても良いなら、もう来月のシフト決まったから、日程組めるけど」

「じゃ、その辺諸々、二人に伝えておく」

「分かった」


  ◇


「はい。では、ここまでですね」

「おう……」


 次の日の、学校終わり。学習室にて。

 日程の打ち合わせをし、勉強をし、突っ伏した橋本へ、聞いてみる。


「橋本さん。今年の体育祭には出るんですか?」

「……忘れてたわ……」


 忘れるな。来月だぞ。5月の半ばだぞ。


「それで、出るんですか?」


 荷物を片付けながら聞く。


「……まあ……一応……」

「そうですか」


 なら、まあ、良かった。


「なんでそんなこと聞く」


 橋本が顔を上げて、こっちを見る。


「そうですね。橋本さんは先生にも言われるくらい勉強の努力が実っていて、授業も真面目に受けてます。けど、特に同学年の人たちは、橋本さんを避けてる感じがあるので。これを機に、と、上手くいくかは分かりませんが、距離が縮まればな、と」


 だから、なぜ、マシュマロに。


「なんでそんなこと、お前が気にするワケ?」

「一応、橋本さんの家庭教師もどきではありますので。それに、真面目に努力している人を避ける理由なんて、ないじゃないですか」

「じゃあなんだ? 学校でもお前に声かけて、問題ないってか?」


 皮肉なカオとマシュマロが合体している。器用だな。


「ないんじゃないですかね」

「……あっそ」


 言って、橋本は片付けを始めた。


「今日は本、借りんのか」

「いえ、このままカメリアにと」


 橋本が立ったので、私もトートバッグを手に、立ち上がる。その間に橋本はリュックを背負った。


「では、行きますか」

「ああ」


 図書館を出て、カメリアへ向かう。


「……カメリア、来月、終わり頃、新作出るらしいぞ」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ」

「え、それ、どこ情報です? あ、秘密のルートとかですか」

「食いつき良いな」

「そりゃ、気になりますよ。好きなお店の美味しいお菓子の新作ですよ?」

「……そうか」

「どんな新作なんですか?」

「……季節モノ。生菓子」


 ほう。


「ケーキとかタルトとかですか」

「その日まで楽しみにしてろや」


 一理ある。


「では、そうします。で、橋本さん」

「なん」

「詳しい日程が分かったら、教えてもらえませんか?」

「……良いけど」

「ありがとうございます」


 そこで会話は終わったけど、私はるんるん気分でカメリアのドアを開けた。


  ◇


「高いやつ選べとは言わねぇけど。わざわざ安いやつ選んだりしてるなら、それやめろ」


 ショーケースを眺めている光海に、そう言った。言えた。


「え、ですけど」

「お前、またプリンの個数確認しただろ。それも一番安いやつ。それが好きなら、別にいいけど」


 伯母は何も言わない。今日は逆に、その態度が気を楽にさせてくれる。


「……では、お言葉に甘えさせていただきます」


 自分を見ていた光海は、ショーケースへ向き直り、そこに並ぶものたちに真剣な眼差しを向ける。

 橋本涼はそれを見て、やってやったと思った。

 最終的に光海は、ケーキとタルトとプリンを3種類ずつ選んだ。

 会計を済ませ、店を出る。


「ありがとうございました。では、失礼します」

「ああ」


 光海が歩いていくのを、少しだけ眺め、


「……」


 橋本涼も、店の裏にある自宅へと向かった。


  ◇


「じゃ、最低1個は、出たい種目へ名前書いて下さい」


 体育祭実行委員の一人が、ホワイトボードから向き直る。

 何に出ようか。体育苦手だし、やっぱ、無難に玉入れかな。

 ぞろぞろホワイトボードへ集まっていくクラスメイトに混じり、玉入れの所に名前を書いて、席に戻る。

 橋本も書いてるけど、……1個じゃないな。

 で、戻ってきた。私にちらっと視線を寄越して、そのまま通り過ぎていく。


「えー……はい。じゃあ……」


 偏りを見ていたらしい委員は、手元の紙と、それを見比べ、


「走り幅跳び、誰か、やれそうな人、います? 誰も記入が無いので」

「じゃ、俺」


 クラスから一瞬、音が消えた。橋本の声だった。


「やりたい奴がいるんなら、辞退する」


 特に声は上がらず。


「……じゃあ、それで、決定で」


 委員の人はそう言って、走り幅跳びの所に橋本、と書いた。


「で、次はリレーの順番ですけど……毎年出席番号順なので、それで良いですか?」


 異論の声は、上がらず。


「じゃ、決定で。これから体育の時間は、体育祭に向けての練習時間になります」


 委員の人が、担任へ顔を向ける。


「はい。すんなり決まりましたし。委員の二人はまだ仕事ありますけど、他の人は自習で」


 言って、先生は出ていった。クラス内の空気は弛緩して、ざわつき出す。私はホワイトボードに目を移す。

 50m走、100m走、400m走。そして、走り幅跳び。

 ……橋本、走る系に名前を書いたんだな。

 あー、けど、リレーが今から気が重い。私、遅いほうだし。

 まあ、自習しよ。


  ◇


 父に尋ね、橋本涼は、卒園アルバムを引っ張り出した。


「……」


 全体をぱらぱら見て、集合写真を見る。

 自分は、すぐに分かる。けれど光海がどれだかは、さっぱりで。

 ラインで聞いた。保育園、集合写真のどこに居る、と。

 30分くらいしてから、返事があった。


『ここです』


 アルバムの集合写真の画像の、その中の一人に矢印があった。


「こんな顔してたんか」


 今より長い髪が編み込まれ、はにかんでピースをしている。年相応に可愛らしい顔をしているな。

 と、思っていたところで、


『橋本さんはどこですか?』

「……」


 橋本涼は、その画像をコピーし、自分の所に矢印を置き、送信した。


『母の記憶の通りですね。橋本さん、成長しましたね』


 知ってんなら聞くなよ。成長ってなんだ。

 それらを飲み込んで、『10年経てばデカくもなるわ』と返信した。



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