8 バナナカップケーキ
「……」
課題が解けている、と、懐かしい手応えを感じ、橋本涼は複雑な気分になる。なって、それにまた、腹が立った。
『ヒントのようなものを教えるだけで良いなら、分からない部分を連絡して頂いて大丈夫です』
日曜、あのあと。光海からそう、送られてきた。
そもそも、貰ったノートのコピーも、とても見やすく書かれていて。それを見て、自力でやれるだけやったけれど、意味不明な箇所はまだまだたっぷりあって。
試しに、と、1問。画像と共に、この部分が分からない、と送った。夜、解答に近いヒントが送られてきた。悪態をつきながら、『分かった』と送った。
「……」
全ての課題に手を付け、息を吐く。自宅のキッチンに向かう。
「……」
材料を確認し、準備をし、バナナのカップケーキを焼く。
「……」
オーブンを眺めながら、睨みながら、学校について、勉強について、経営について、取るべき資格について、……進路について、考える。
中学まで、それを夢見ていた。高校に入る直前、人生の一部を亡くした。どうでも良くなった。……けれど、今、またそれを目指している。
タバコを吸わされそうになり、反射的に叩き落とした自分。手に何かあったらと、足やカバンや、落ちていた石などで応戦した自分。
「……ハッ」
結局、自分はガキなのだ。そう思ったところで、カップケーキが焼けた。
◇
「橋本さんって、理数系に強いですか?」
「は?」
家から徒歩20分の、第三図書館、その学習室で。
言ってみたら、何言ってんだお前という顔をされた。
「いえ、なんとなく、ですが。文系のものよりそちらのほうが、理解が早いなと、感じまして」
「はあ、そう」
イマイチ分からない、そんな顔の橋本へ、言ってみる。
「私のこの推測が正しければ、ですが。満遍なく進めるより、理数系へ少し、力を入れたほうが、より早く勉強を進められるかと」
「……意味分かんねぇんだけど?」
「文系を放り投げる、という訳じゃありません。伸ばしやすいものを伸ばしていって、テストなどで成果が出れば、より、やる気が出るのでは、と」
ぽかんとした橋本を一旦置いて、水分補給をする。
「……お前、何がしたいの?」
「橋本さんに勉強を教えて、橋本さんが追いつくまで、それにお付き合いするつもりですが」
お前が頼ってきたんだろ、橋本よ。
そんな思いで、顔を向ける。
「……」
また、マシュマロになっている。橋本がマシュマロになるタイミングが、掴めない。
「……すみません、気分を害するようなことを、言ってしまいましたか?」
「……別に。お前のほうが頭良いんだから、その方針に従う」
従う、て。
「……分かりました。では一度、その方向で進めていきましょうか」
で、終わって。橋本が出してきたのは、この前より大きな箱と、紙袋。
「今度は、なんでしょうか……」
「詰め合わせだよ。お前、値段、気にしてたろ。なるべく安いやつにした」
「お、大きいんですけど……?」
「……きょうだい、多いんだろ。成川が一番上なら、下だって食べ盛りだろ」
なぜ、マシュマロ。
「……分かりました。お気遣い、ありがとうございます。頂きます」
紙袋に箱を入れ、毎回こうならと、橋本へ、言うか迷っていたそれを、言ってみることにした。
「橋本さん、お礼について、なんですが」
「なんだ、不満か」
「いえ、そうではなく。次からは、私が選んでも良いですか?」
「は」
橋本は、目を丸くした。
「橋本さんも、カメリアを知っているようなので。次回から、終わったら、カメリアは午後の8時までやってますから、お店の時間まで、間に合うかと思うので。一緒に行って、選ばせてもらう、というのは、どうだろうか、と」
それなら安く済むし。
「無理にとは言いませんが」
橋本は顔をしかめ、髪をかき回し、ため息を吐いてから、言った。
「……良い。分かった。そうする」
◇
「うん、今度はね、背中合わせに座って、お姉ちゃんは体育座り。お兄ちゃんは胡座で、お姉ちゃんに凭れ掛かる感じで。あ、お兄ちゃん、首少し上に向けて」
ここは自宅のリビングである。寝る前に私は、大樹と一緒にと愛流に呼ばれ、絵の参考にするからと、ポーズを取らされていた。
まあ、もう、慣れっこなので、特に気にしてはいない。
そのまま数枚、角度を変えて写真を取られ、
「はい。あと、1ポーズ」
「俺、眠いんだけど」
面倒くさそうな大樹の言葉に、
「じゃあ丁度いいよ。横になるポーズだし」
愛流が意気揚々と答える。
で、大樹は体の側面を床につける形で横になり、肘をついて頭を支え。私は大樹のお腹の前で、片膝を立てて、膝に両手を乗せ、座った。
「うん、そのままで」
で、パシャパシャと撮られ、終了。
「じゃ、寝る」
「おやすみ」
大樹からの返事はなし。下火になりつつある反抗期は、まだ少し継続中のようだ。
「愛流もね。おやすみ。そのままイラストにとっかかったら、眠れなくなるよ」
「うん、分かってる。ザッとラフだけ描く。おやすみ」
ラフだけで終わるのか、少々心配だけども。おやすみと返されたので、寝ることにした。
起き抜けの愛流は、眠そうだった。
おい、ちゃんと寝たか?
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