第38話 白の天使の気持ち

 ドライヤーを直しに行こうとする前に話があると言われて俺は彼女の隣に座り、体を彼女の方へ向けた。


 雰囲気からして何か大切な話が始まるような気がしたので背筋をピンと伸ばして聞く姿勢になる。


「私、山崎さんの件があってから人と関わるのが怖かったんです。だから友達も親しい人も作ってきませんでした。ですが、晴斗くんと出会ってから瑠奈さん、未玖さん、高宮くん、早見さんとたくさんの人とお話しして皆さんと仲良くなりたいと思いました」


 彼女の思っていることはあの日記を読んだからわかる。出会ったとき、彼女が人と関わることが怖いと感じていたとは知らなかった。


「晴斗くんとの出会いで私は変わった気がします。ありがとうございます」


 面と向かってペコリと頭を下げてお礼を言われて、俺もつられて頭を下げた。


「俺こそありがと。雪との出会えて良かった」


 出会えて良かったなんて今から離れ離れになってしまいそうな時に使いそうな言葉だなと後になって思う。けど、出会えて良かったと思っているのは本当だ。


「晴斗くん、私はあなたに伝えたいことがあります」


 雪はそう言って俺の手を取り、包み込むように優しく握った。


 伝えたいことが何かは彼女の表情からすぐにわかった。だから目を見て彼女の言葉を待つ。


「私は晴斗くんのことが好きです。晴斗くんは、私のことどう思っていますか?」


 真っ直ぐとこちらを見つめる瞳に嘘なんてつけない。


 周りからどう思われても、釣り合ってなくても今の自分の気持ちは大切にしたい。


『先輩、伝えたい気持ちは言えるときに言うべきだと私は思うんです。後から言うと後悔に繋がるかもしれないので』という瑠奈の言葉を思い出し俺は自分の中で答えを出した。


「俺も雪のことが好きだ」


 彼女のことが好きだと気付いたのは特別な存在と雪のことを思っていた時からだ。一緒にいて楽しくて、ずっと側にいたいと思った。


「これからも雪の側にいたいと思ってる。だから付き合ってください」


 伝えたいことは全部伝えた。結果がどうであれ後悔はしてない。


 返答にドキドキしていると雪が俺の手を両手で優しく握ってきた。


 目線を上げるとそこには天使のような笑顔で笑顔で微笑む雪がいた。


「もちろんです。改めてよろしくお願いします」

「うん、よろしく」


 以前の自分であれば好きな人なんてできないだろうと、白の天使と関わることはないだろうと思っていた。


(未来はわからないものだな……)


 しばらく雪と見つめ合っていると雪が口を開いた。


「晴斗くん、ぎゅーとしてもいいですか?」

「いっ、いいけど、急に?」

「ふふっ、急にです。私が晴斗くんを抱きしめたいんです」


 言う本人も恥ずかしいだろうに聞いているこちらまでなぜだか恥ずかしくなってきた。


 恋人関係でなければダメだろとここで言っていただろう。けど、関係は変わった。


「いいよ」


 そう答えると雪は嬉しそうな表情をして、俺の体に手を回してぎゅっと抱きしめた。


「晴斗くんは何かしたいことありますか?」

「したいこと……」


 一瞬、良くないことが頭に浮かんだが、忘れることにした。雪が聞いていることはそういうことではないので。


「雪とまたスイーツを食べに行きたい……かな」

「スイーツ、いいですね。是非行きましょう」


 最初は力いっぱい抱きしめていたが、雪は少しずつ力を緩くなっていった。目線を少し下にやると彼女はとろんとした目をしており眠くなってきたということにすぐ気付いた。


 こうしていたいが、ここで寝るのはよくない。そっと優しく彼女の頭を撫で、声をかけることにした。


「雪、眠そうだしそろそろ寝た方がいいんじゃないかな?」

「ん……そう、ですね……」


 表情だけではなく声からでもわかってしまう。ゆっくりと撫でていた手を離すと雪は俺の手を握ってきた。


「晴斗くん、大好きです……」

「……うん、俺も好きだよ」


 夜はドキドキして眠れないかと思っていたが、俺も雪もすぐに寝てしまった。


 目が覚めたのは朝6時。目を開けると目の前には雪がいた。


(んん? 別々に寝るはずじゃ……)


 ここはゆっくり昨夜のことを思い出すしかない。昨夜は確か、雪に告白されて、俺も好きだと伝えた。その後、ぎゅーされて……。思い出すと少し恥ずかしい。


 で、確か雪が眠たそうにしてたから手を引いて彼女をベッドへ連れていって……。


(あっ、そうだ……)


 寝ぼけていたのかわからないが、雪に一緒に寝ようと誘われたんだった。あの時、確か断ったはずなんだけどな……。


 断ったのになぜか雪がいるベッドに自分もいる。なぜだろうか。とにかく俺が勝手に入り込んだ可能性もあるので雪が起きる前に出よう。


 彼女を起こさないようそーっと布団から抜け出し、部屋を出た。


 雪が起きてきたのは数分後。ふらふらと半分寝ている状態でリビングへ来たので心配で駆け寄った。


「大丈夫か?」

「大丈夫です。朝食作りますね」

「俺も手伝うよ」

「ありがとうございます」


 この日は朝から夕方まで雪と家で過ごした。どこかに出かけることもできたが、文化祭疲れでお互いこの日ゆっくり過ごしたいという気持ちがあった。


「じゃあ、また明日学校で」

「はい。また明日です」


 


***




 翌日。雪と付き合い始めたことを誰かに言うということに関して話していなかったので、亮や友達には言わなかった。


 雪にどうしたいか聞いてから亮や未玖、瑠奈には伝えよう。


「晴斗、移動教室行こうぜ」

「あぁ……あっ、先に行っててくれ」


 授業で必要なプリントを探すのに時間がかかりそうだったのでそう言うと亮はわかったと言って先に教室を出ていった。


 その後、すぐにプリントは見つかり教室を出ると廊下で雪を見かけた。


(少し時間あるし、声かけよう……)


 今日はまだ会っていないのでおはようと言おうと彼女の元へ行くと雪はこちらに気付いた。


「雪、おはよ」

「………お、おはようございますくん」


 いつもと違うことにはすぐに気付いた。彼女の様子と言葉、そして距離感で。


 挨拶を交わすと雪はすぐに自分の教室へと入っていった。


(雪……?)


 





★次話、8月5日以降です。

(試験終えたら書きますので少々お待ちください)

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