第37話 白の天使と日記

 一度家に帰り、お泊まりのことをお母さんに伝えるとニヤニヤされた。友達の家としか言っていないのに雪の家に泊まるということは速攻バレていた。


 お泊まりのための準備を持って雪の家に戻ると夕食を一緒に食べ、その後はゆっくりとした時間を過ごしていた。


 ソファに並んで座り、癒される動物特集を見ていると雪は少しずつ俺の方へ寄ってくる。


「ゆ、雪……お風呂どうする?」

「お風呂……一緒に入ります?」

「えっ、一緒に!?」

「ふふっ、冗談ですよ」

「ははは……だよな」


 一瞬だけでも一緒に入るところを想像していたなんて言えない……。


 雪が冗談を言うことは今までなかったので本気かと思ってしまった。


「俺は後でいいから先に雪どうぞ」

「わかりました。では、入ってきますね」


 ソファから立ち上がり、浴室へ行くとリビングには俺一人になった。


(はぁ……心臓が持たん)


 一緒にいるだけでドキドキしていたらこの後、倒れるんじゃないだろうか。寝間着の雪とか見たら俺は……って、変な妄想はしないでおこう。


 ソファの背もたれにもたれ、ふぅと肩の力を抜くと先ほどまで雪が座っていたところにあるノートを見つけた。


 ノートは開きっぱなしで見たらダメだが、自分がいるところから近く、書いていることをつい見てしまった。


(日記……?)




***




 6月3日。図書委員会の仕事を頼まれましたが、もう1人の方がお休みで代わりに隣のクラスの図書委員の方が来てくれました。


 八雲晴斗くん。委員会活動の時に何度か顔を会わせたことはありますが、話すのは今日が初めてでした。


 図書館でこっそりシュークリームを食べていたところを見られてしまいましたが、きっと彼は見ていなかったはず……。


 委員会の仕事が終わった後は、八雲くんとコンビニに行ってスイーツを買い、公園で一緒に食べました。誰かとこうして放課後にいるのは初めてです。


 私からお誘いして八雲くんと今度ケーキを食べに行くことになりました。楽しみです。


 八雲くんのこと、まだ知らないことばかりですが、仲良くなりたいと思いました。けれど、誰かと仲良くなるのは怖いです。

 

(これは俺と雪が初めて話した日の……)


 日記から目を離し、テレビを見ながら俺は日記に書かれていたことを考えていた。


 怖いと思うのは多分あの出来事があったからだよな。


 チャンネルを変えてうんと背伸びをすると浴室から凄い音がして悲鳴が聞こえた。


(雪!?)


 浴室で暴れまわってるわけじゃないだろうと思いながら急いで浴室へ行き、鍵はかかっていなかったので入るとそこにはバスタオルを巻いて立っていた雪がいた。


「雪、大丈夫……!」

「す、すみません……変な物音がしたのでビックリしてしまいました。昨日見たホラー映画を思い出してしまって……」


 何があったのか彼女は話してくれるが、正直頭に入ってこない。なぜなら雪がタオルは巻いているが、服を着ていない状態で俺が来た瞬間、抱きついてきたからだ。


「ゆ、雪さん……その格好で抱きつかれると」


 ヤバい、ほんといろいろピンチな状態すぎる。この状態でいたら理性がプチっと切れてしまいそうだ。


「その格好……! す、すみません!」


 やっと自分の今の状態に気付いた雪は慌てて俺から離れる。


「いや、大丈夫だ……物凄い音したけどケガはしてない?」

「ケガはしてないです。心配ありがとうございます」


 ケガをしていないなら良かった。大丈夫そうだし、俺は早くここから出よう。


 背を向け、リビングへ戻ろうとすると後ろから雪に腕を掴まれた。


 振り返るとそこには顔を少し赤らめた雪がいた。視線を少し下にするだけでよくないので彼女の目を見るようにした。


「あ、あの……出てくるまで外にいてくれませんか? 髪がまだ洗えてなくて……」

「……もしかして怖いとか?」


 そう聞くと彼女はコクりと小さく頷いた。


「わかった。出てくるまでは近くにいる」

「! ありがとうございます」


 そう言ってペコリと頭を下げようとしていたので俺はそうする前に彼女の頬を人差し指でツンツンした。


「は、晴斗くん?」

「その格好で頭下げないでください……」

「……! す、すみません……」


 雪は顔を赤くして静かに再び浴室へと入っていった。


 出てくるまでは近くにいると言ったので俺は洗面所のある部屋から出てドアを閉めてその前で待つことにした。さすがに浴室の前では待てないので。


 壁にもたれ掛かって待つこと数分後。雪は寝間着を着て出てきた。


「晴斗くん、お次どうぞ」

「! お、おう……」


 いい匂いがし、髪が濡れていつもと違う雰囲気にドキッとしてしまった。


(ほんとに大丈夫だろうか……寝れるよな?)





***




 お風呂から出て、リビングへ行くと雪はソファに座ってノートを見ていた。俺が来たことに気付くと顔を上げてこちらを見た。


「お帰りなさい。困ったことはなかったですか?」

「あぁ、うん、なか……あっ、ドライヤーってどこにある?」

「洗面所にありますよ。私が髪の毛乾かしてあげましょうか?」

「雪が?」

「はい。お風呂から出てくるまで待っていてくださったお礼とでも思ってください」


 お礼と言われたら、ならやってもらおうかなという気分になってくる。ここは甘えていいところなのかな……。


「じゃあ……お願いしようかな」

「はい、お願いされました。晴斗くんは座って待っていてください」


 そう言って雪は洗面所の方へ小走りで向かい、ドライヤーを持ってすぐに帰ってきた。


「では乾かしますね」

「うん、ありがと」


 誰かにこうして髪の毛を乾かしてもらったのはいつが最後だろう。小さい頃以来なくてなんだかやってもらっていて照れくさい。


 髪の毛を乾かしてもらいドライヤーの音が止まると俺は後ろを振り返った。


「ありがとう、雪。今度は俺が乾かそうか?」

「晴斗くんが……良いのですか?」

「いいよ。乾かしてもらったし」

「……では、お願いします」

「ん、お願いされました」


 女子の髪の毛を乾かしたことは何度かある。あれは確か従姉妹が泊まりに来た時だ。


 今度は雪が座り、俺は彼女の後ろに立ち、ドライヤーで髪を乾かした。


(見てもわかるが、雪の髪はサラサラだな……)


 雪は髪の毛を乾かしている間、先ほど見たノートをまた見ていた。


(日記……かな?)


「雪、こんな感じでいいかな?」


 乾かせたので彼女にどうかと聞くが、反応がないので後ろから前に回ると雪がノートに何かを書き込んでいることがわかった。


「それ、スイーツノート?」

「はい、いいお店を見つけたので……あっ、乾かしてくださりありがとうございます」

「うん」

「……一緒に行きませんか? シュークリームが美味しいみたいです」

 

 ノートを広げて彼女は一緒にどうかと誘った。俺とでいいのかと以前の自分なら思っていただろう。けど、今は自分がどうしたいかを考えるようになっていた。

 

「一緒にいい?」

「はい、一緒に食べに行きましょう」




***




 私はここ最近、晴斗くんといて気付いたことがある。


 困ったことがあれば彼は話を聞いてくれて、私は彼に救われた。多分、1人でいたら過去の自分を気にし続けていたから。


 一緒にいて楽しくて、落ち着いて、これからも一緒にいたいと思う。


(私は、晴斗くんのことが……)


「晴斗くん、お話があるので寝る前にお時間いただけませんか?」






        

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