第18話 白の天使の「にゃん」

(と、泊まる……?)


 聞き間違いの可能性はあるが、ハッキリと聞こえた。彼女はお泊まりしませんか?と聞いてきたのだ。


「泊まるって……だっ、ダメだろ、付き合ってるわけじゃないし」

「……そ、そうですか。ダメです……よね」


 あーどうしよう。ダメと言ったら雪が悲しい顔をしてしまった。そんな表情をさせるつもりはなかったのに。


 けど、ここはダメだと言っておかないと。男子を家に泊めるなんて危険なことだ。


 たまに雪の発言や行動は勘違いさせそうな時がある。ここは一度言っておいた方がいいだろう。


「男は危ない奴が多い。そういう誘いは彼氏とかにするものだと思う」

「ですよね……すみません。ですが、雨が弱まるまではいてください。今、帰ると危険ですし」

「うん、ありがとう」


 泊まることはしないが、雨が弱まるまで俺は雪の家にいることにした。


 ソファに2人で座るとテレビをつけてちょうどやっていた猫特集を見ることに。


「猫さん、とても可愛いです。癒しですね」

「だな……雪は犬派? 猫派?」

「私は猫派ですね。晴斗くんはどうですか?」

「俺も猫派」

「ふふっ、では一緒ですにゃん」


 猫の語尾に、猫の手ポーズを恥ずかしそうにしたのを見て俺はフリーズした。


(えっ……かわよかよっ!!)


 真面目そうなあの『白の天使』が猫の手ポーズをしてにゃんとか、ギャップがあって可愛い。


 可愛すぎてさっきの「にゃん」が頭から何度も再生されている。


「い、今のは忘れてください……」

「いや、無理。可愛すぎてさっきから頭の中でにゃんがリピートしてます」

「む~」


 なぜか雪にポコポコと腕を叩かれた。力はそこまで強くないため可愛らしい。


「これは晴斗くんもにゃんと言うべきです。言わないと不公平です!」


 不公平って……男が語尾に「にゃんと」つけて、猫の手ポーズとかしても需要ないだろ。女子がやれば可愛いとなるが、男子がした場合、耐えられない空気になるだけだ。


「言ってもいいけど面白くないと思うよ」

「いえ、絶対に可愛いと思います」

「……それはない……にゃん」

「…………可愛い……ですね」

「雪さん!?」


(恥ずい、言わなければ良かった……)


 恥ずいし、空気がとても冷たくなったような気がする……。




***




「ただいま」


 家に帰り、靴を脱いでいると玄関にはお父さんの靴があった。いつも帰りが遅いがどうやら今日は早くに終わったみたいだ。嫌な予感しかしない。


 あの後、彼女とゆっくりと過ごしていると雨は止んだ。夜遅くなる前に帰ろうとしていたので早く止んで良かった。


 靴を脱ぎ、洗面所で手荒いうがいをした後。荷物を置くために自室へ行こうとしたが、名前を呼ばれ引き止められた。


「晴斗、お帰り。どこに行っていたんだ?」


 2階へ上がろうとしたところを呼び止められ、俺は振り返らずその場で立ち止まった。


「ちょっと買い物を。早めに帰ろうとしたら雨が降ってきたから雨宿りしてたんだ」


「……夕食はもう食べたのか?」


「食べたよ」


「そうか。お風呂は溜めたからいつでも入っていいからな」


「ありがと」


 必要のないことは話さない。もう何もないだろうと判断すると俺は2階へと上がった。


 自室へ入り、ドアを閉めると自分のベッドへ仰向けになって寝転んだ。すると、ポケットに入れていたスマホが振動したのでポケットから取り出し、電源をつけた。


 通知を見ると雪からのメッセージが来ていた。通知をタップし、彼女からのメッセージを読む。


『3人で行くと言っていたレモンケーキですが、調べたところ明日までらしくて。野々宮さんは明日、バイトがあって行けないそうなのですが、晴斗くんはどうですか?』


 明日までなのか。この前食べれなかったので食べたい気持ちがある。


『俺は行けるよ、一緒に行こっか』

 

 返信するとすぐに既読がつき、雪からメッセージが来た。


『わかりました。では、明日、現地集合です。お店の場所は今から地図を送ります』

『ありがと』


 送られてきた地図を確認し、雪と明日のことをメールで話した。


 会話が途切れると俺はプールで遊び疲れ、お風呂に入った後はいつもより早くに寝た。




***




 1人でいることには慣れている。だから一人暮らしをしていて寂しいと思うことは一度もなかった。


 1人でもいいから学校で特に親しい人を作ることもしてこなかった。クラスメイトによく話しかけられるが、その人達が友達と聞かれたら友達ではなくクラスメイトだと答える。


 ここ最近まで私は友達はいなくてもいいと思っていた。けど、八雲晴斗くんと出会ってから誰かと好きなものを共有したり、話したり、友達といる時間がとても楽しいと思えた。


 晴斗くんと仲良くなってから1つ年下の野々宮さんや同じ学年の未玖さんとも仲良くなれた。彼と出会ってからは毎日が楽しくて白黒のような景色が明るくなった気がする。


 誰かといることの楽しさを彼は教えてくれた。私にとって晴斗くんは特別だ。友達でもあるが、私にとって……。


「今日はたくさん遊んで疲れました……」


 トサッとベッドへ寝転び、目を閉じる。そして今日あった楽しかった出来事を思い出していると自然と口元が緩んでいっているのがわかる。


 野々宮さんや未玖さんといる時間は楽しい。けど、晴斗くんといると楽しいと思うと同時に不思議な気持ちになる。


 私はこれを何と呼ぶのか知らない。一緒にいると安心して……けど、ドキドキしてしまうこの気持ちを。


「そうだ……レモンケーキ」


 明日のことを考えているとふとレモンケーキはお持ち帰りができることを思い出した。お持ち帰りができるなら野々宮さんもレモンケーキを食べることができる。


(晴斗くんと食べたら買って帰りましょう)


「ふふっ、明日が楽しみです」


 寝転んだまま近くにあったイルカのぬいぐるみをぎゅーと抱きしめながら小さく笑った。






        

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