第11話 白の天使と海
電車を降り、改札を抜けるとそこには綺麗な海が広がっていた。海の綺麗さに思わず、「おぉ」と声を漏らすと隣では雪が口を小さく開けて感動していた。
強い風が吹き、彼女の綺麗な髪が靡く。急な風に雪は、手で髪の毛を抑えていた。そして、その状態で体をこちらに向け、口を開いた。
「綺麗です、晴斗くん」
「だな。ちょっと近くまで行ってみるか」
「賛成です」
駅から少し離れ、海の近くへ行くことに。まだ6月だからか海で遊んでいる人はあまりいない。人はいるが、皆、近くを歩くだけで中に入る人はいないみたいだ。
「そう言えば、どうして海に行きたいって言ったのか聞いてもいい?」
「どうして……そうですね、小さい頃の話になりますが少し聞いてもらえますか?」
「うん、聞きたい」
頷くと彼女は、海の方を一度見てから小さい頃の話をしてくれた。
雪は小さい頃からいろんな習い事をしていて、友達と遊ぶこと、どこかへ家族と遊びに行くということがなかったらしい。
だけど、ある日、家にいる家政婦さんと一緒に海を見に行った時があった。
「家政婦さんにコッソリ連れていってもらったんです。海を見に行きたいと私のわがままで……」
「親、厳しいの?」
「厳しい……そうですね、周りに比べればそうかもしれません」
「そうなんだ」
話していると駅から少し離れた場所まで来ていた。暑いので涼むため近くにあった雑貨屋へ入ることになった。
中へ入ると涼しい風が来て、ここは幸せ空間かと心の中で呟く。
この雑貨屋はカフェもやっているらしく、いい匂いがする。
雪、甘いもの好きだけど、この店は食べたいものないのかな。あのスイーツノートには載ってなかったけど。
今日、行きたいという店は事前に調べて何が美味しいのか書いていたけど、ここは調べてなかったのだろうか。
お互い自分の好きなところを回っていると後ろから誰かに服の袖を掴まれた。後ろを振り返るとそこには雪がいた。
「あ、あの……晴斗くん、暑くて喉が渇きましたし、少しここでお茶にしませんか?」
「お茶……いいよ、俺も喉渇いたし」
てっきりお腹が空いたのかと思ったが違ったか。雪のイメージがいつの間にかたくさん食べる人になってきている。
少し買いたいものがあったので、それを買ってからカフェの方で飲み物を飲むことにした。
美味しそうなスイーツもあったが、ここで食べてしまうと雪が行きたい店で食べられなくなるので我慢する。
俺はアイスコーヒーを頼み、雪はレモンティーを頼んだ。
飲み物が到着するとすぐに一口飲む。冷房がかかった中での冷たいアイスコーヒーはやはりいい。幸せだ。
少し苦い気がしてミルクを入れていると前から視線を感じ、顔を上げる。すると、雪と目が合った。
「アイスコーヒーって苦いのですか?」
「苦いけど、ミルク入れたら美味しいよ」
「そうなんですね。私、一度も飲んだことがないので気になります」
「飲んだことないんだ……一口飲む?」
あれ、何、普通に一口飲むとか聞いてるんだろう、俺は……。彼女が俺の飲みかけとか飲みたいわけないだろ。
早急に先ほど言った言葉を取り消そうとすると雪が、先に口を開いた。
「の、飲んでみたいです……」
「いいけど、飲みかけだよ?」
「大丈夫です」
「……じゃあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
アイスコーヒーを渡し、彼女は一口飲む。すると、雪は小さい声で「ありがとうございます」と言ってから俺にアイスコーヒーを返した。
(あれ、どうしたんだろう……)
「大丈夫か?」
「えっ、あっ、大丈夫です……ミルクを入れたと聞きましたが、苦いです。飲める晴斗くんは、大人ですね」
「あっ、苦かったんだ……」
様子がおかしかったのはどうやらアイスコーヒーが思ったより苦かったかららしい。
「今、思いましたけど、これって間接キスですよね……」
「…………」
雪の小さな呟きに俺は今さらだが、「あっ」と声を漏らし、気付く。
飲みかけはどうかと気にしていたが、そう言えばこれって間接キスじゃん!! なぜ気付かなかったんだよ、俺!
「そ、そうだね……ごめん……」
「い、いえ……気付かなかった私も悪いです」
彼女の言葉を最後にシーンと静まり返り、そして俺たちは静かに飲み物を飲む。
未玖とは当たり前のように飲み物の交換とかするが、こんなにも間接キスをして意識したことはない。
『晴、それちょーだいっ』
『おう、ならそっち飲んでもいい?』
『いいよ、美味しいよー』
(未玖とは小さい頃からそういうことやってきたからあんまり気にしてなかったのかな……)
全て飲み終えると、目の前に座る彼女の方をチラッと見る。すると視線に気付いた彼女はニコッと俺に微笑みかけた。
「晴斗くん、これからまた少し歩いて海で写真を撮りませんか? 一緒に写真を撮りたいです」
「いいよ」
写真は苦手だが、雪とここに来たという思い出の写真を撮るというのはいいと思う。
「では決まりですね」
店を出るとさっきいた場所との温度差に驚いた。夏はまだというのに暑すぎる。これ、夏になったらもっとヤバいんじゃないか。
隣で雪は鞄から折り畳みの日傘を取り出し、差し、そして、俺の方へ寄ってきて傘に入れてくれた。
「暑いので一緒に……」
「あ、ありがとう……俺が持つよ」
背の高さもあるので、彼女から傘を受け取り、俺が持ち手を持つ。そこまで大きい傘ではないので彼女が日に当たらないように注意する。
よく考えてみたら相合傘だが、こんな遠い場所で知り合いに会ったりはしないので気にせず一緒の傘に入っていてもいいだろう。
肩が時々触れあいながら来た道を少し戻っていき、海の方へ再び向かった。
「ここで撮りましょうか」
「そうだな」
写真を撮るので日傘は一旦たたむことにし、雪のスマホで撮ることになった。
離れすぎると見切れるので少し彼女の方へ寄ると今度は雪が俺の方へピトッとくっついてきた。
チラッと下に目を向けると雪が俺のことを見ていた。背の高さがあるからか上目遣いになっている。
「み、見切れてしまうので……」
「う、うん……わかってる」
雪がカウントダウンし、写真を何枚か撮ったが、多分、俺の表情はガチガチだろう。
撮った写真は雪が送ってくれたのですぐに確認すると、ちゃんと笑えていた。
「さて、歩いていたらお昼の時間になりそうですし、お店に向かいましょうか」
「うん、行こっか」
再び日傘を差すと雪が俺へくっつき、日傘の中へと入った。
こんなところで同級生には会わない。そう思って、相合傘も気にすることなくしていたが、ある人に写真を撮られていたことに俺達は気付かなかった。
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