第3-2話 詐欺師・李高

「うう、ありがとう。二人は命の恩人だ、ぶるる」


「李高さん、どうしてこんなところに?」


「喉が乾いたんで水を飲もうとしたら足を滑らせてドボンさ。沈みそうになって慌てて手足を動かしたらどんどん岸から離れていった」


 訊きたかったのは池に落ちた経緯ではない。


「そうじゃなくて……」


「ちょっと待ってくれ、五娘。服を乾かさないといけないから」


 ずぶ濡れの服を脱ぎ、パンツだけを身につけた李高は、三娘がおこした焚き火にあたった。


「訊かずともわかるぞ。ずいぶんと荒稼ぎしたようだな、この詐欺師は」


「詐欺師だなんて、そんなはっきり言いなさんな」


 李高は三娘に向かってへらりと笑う。


「え、詐欺師なの……!?」


 照勇の疑問にはすぐに答えが提示された。

 荷物を広げて中身を乾かす李高の周囲には、宝玉や金で飾られた腰帯がある。だが水を含んで色が剥げていた。偽物だ。

 乾かしている服やかぶり物は刺繍が施された立派なものだったが道士や方術士のように見える。


「方術士……のかっこう……?」


「ああ、せっかくもらった高級茶葉が水浸しだ。もったいないなあ」


 茶商王記茶荘の印がある包み。ふくらんだ財布。


「これはいただいておく」


 三娘が財布を奪う。朱老太婆の賄賂と茶商からの謝礼でずしりと重たそうだ。


「おれを素寒貧すかんぴんにする気か。返せ」


「親切で言ってるんだ。また足を滑らせるかもしれないだろう。これは重石になる」


「おい、まるで山賊だな。詐欺師からむしり取るのはかまわないとでも言うのか。あんたらは命の恩人だが、おれだって他人の命を助けることもあるんだぜ」


「ほう、たとえば?」


 李高は、まるで共犯者に目配せするような親密な眼差しで照勇を見た。とっておきの自慢話を出し惜しむようにすましている。


「もったいぶらずに教えてよ」


「実はな、いったん町を出たあと、さすがに後生が悪いと思って、引き返して茶商のようすを見にいったんだ」


 店先まで王老板さんの怒鳴り声が聞こえてくるほどの大騒ぎになっていた。

 死に損ないの道楽息子を叱ることもせず、妓女を悪し様に罵る茶商の夫婦を見て、一芝居打ったのだという。


「五娘や弓月、愛する芙蓉のために一肌脱いだのよ。方術士に変装して、ま、ちょっと真似事をね」


 得意顔の李高にたいして、三娘は顔をしかめる。


「わたしのときめきを返せ! 太上老君からじきじきに教えを受けた稀代の方術士に会いたかったのに!」


 落胆ゆえの怒りなのだろう。がっかりしたのはぼくも同じだ。とはいえ、この詐欺師のおかげで弓月が助かったのは事実だ。

 道理で人を動かすよりも、法律で縛りつけるよりも、当然照勇が説得するよりも、詐欺師のウソのほうが効果があったのは間違いないのだろう。

 それが少しだけ悔しい。照勇は頭を下げた。


「ありがとうございました」


「いやいや、なになに。はっはっは」


「じゃあ、半分に割り引いておきます。ね、そうしよう、三娘」


「しょうがないな」


 三娘は重さが半分になった財布を李高に投げ返した。


「あ~あ」


 李高はがっくりと肩を落とす。


「おまえが死んでいたら丸儲けできたんだ。五娘に感謝しろよ」


 目の前に溺れてもがく人がいても、利にならなければ三娘は見捨てたろう。三娘の性格はだいぶわかってきたな、と照勇は肝に刻んだ。


「じゃあな」


「あ、ちょっと待てよ。女二人で旅するのは危険だぜ。ほら、陽もかげってきたし。おれがついていってやるよ」


「腕に覚えはある。けっこうだ」


「それでも、美人姉妹だから心配になっちまうよ」


「ん……?」


 三娘は歩みを止めた。

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