第2-6話 殺し屋と遭遇

 そのうちのひとりは──

 間違いない、沢蓮至だ。

 真っ赤な顔で愉快げに酒杯をあおっている。


「呼ぶまで来なくていいって言っておいただろ!」


 いかつい男の隣に髭面の強面がぬっと現れ、沢蓮至の姿がふさがれた。


「では、お料理をお持ちしましょうか」


「いらん」


「あの、お酌だけでも」


「いらんと言っておる!」


 隙間を閉じられてしまった。

 妓楼にまで来て、男四人だけで飲む理由がなにかあるのだろうか。

 悠長にしてもいられない。道観が襲撃されて石栄が殺されたのだ。

 すぐにでも衝立を取り払って知らせなければ。そして自分を保護してもらうのだ。

 

 と同時に「ちょっと待てよ」と冷静になる自分もいた。

 あのいかつい連中は本当に蓮至の友人なのか。

 照勇は衝立ごしに盗み聞きをすることにした。


「らくなお役目だと思っていたのになあ」


「そなた、相当腕が落ちたな」


 低い声がこもっていて聞こえづらい。耳をぴたりと衝立につけた。


「まあまあ、どうせ逃げ場などない。焦ることはないさ」


「先にショウゼンさまのご指示を仰いだほうがよくないか」


 親しんできた沢蓮至の声がどこか歪んで聞こえた。

 ショウゼンとは誰のことだ。聞き覚えがない固有名詞だ。


「半数以上が死んだなんぞ、報告するほうの身にもなってみろ」


 しかしどういうことだろう。衝立の奥から聞こえてくるのは不穏なことばかりだ。


「しかし反撃されたのはまいったな。あいつはいったい……」


「ショウゼンさまに敵対する者だろう」


「で、照勇はどこにいると思う?」


 突然出た自分の名にぎょっとして、衝立を揺らした。


「おれは死んだと思うぜ。死体……せめて首だけでも持って帰らねば」


「崖下の川に流されたと思うがな」


「明日、下流を探してみるか」


「ふう、飲み過ぎたようだ。ちょっと厠に行ってくる」


 衝立が動いた。

 顔を見られないように背を向けて、隣の卓子を片付けるふりをした。横目で男をうかがう。

 あいにく後ろ姿しか見えなかった。背筋を伸ばし、同じ歩幅、歩調で歩いていく。

 まるで──


「なにさぼってるんだい!」


 朱老太婆の声が照勇の鼓膜をふるわせた。


「さっさと皿を下げて、次は七番に酒を持っていきな。よくまわりを見て自分で考えながら動かないとダメだろ。気が利かない子だねえ」


「すみません。あの、ちょっと訊ねたいんですが」


 朱老太婆の影に隠れるように身を寄せる。


「なんだい、ひそひそと」


「後ろの衝立のお客さまに酌を断られました。どういった方々なのでしょうか」


「ああ……」


 朱老太婆は渋い表情になった。


「あの連中はもてなす必要はないよ」


「どうしてですか」


「しみったれだからさ」


 朱老太婆は声を尖らせた。


「連中は中央からやってきた『官の犬』だ。なぜわかるかって。金牌の官符を見せられたからさ。なにか大事なお役目を負ってわざわざこんな田舎にやってきたんだろうけど、正直こっちはいい迷惑さ。調査の名目でタダ酒を飲み、妓楼を宿代わりにして、ついでに娼妓を抱く。嫌な顔をすれば営業停止をちらつかせる。税金はたんまり取るくせに民の面倒は見ないんだ」


「中央からなにか密命を帯びて来たってこと……?」


 厠に向かった男を目で追った。男は周囲をきょろきょろと見回してから、首をひねり、こちらに向き直るとまっすぐにやってくる。

 男には特徴があった。右目の黒い眼帯。苦しげに眉を寄せた表情。

 照勇の背に、ぞくりと悪寒が走る。

 冷たい雪の感触がよみがえった。


 あいつは道観にいた殺し屋だ。三娘が放った金属の棒で目を串刺しにされながらも、照勇を追いかけてきた男だ。

 照勇は皿を高く掲げて顔を隠した。

 沢蓮至と一緒にいる三人の正体は──殺し屋だ。


「おや、なにかご用ですか」


 朱老太婆は作り笑いで迎える。

 正体がバレたのか。心臓が破裂しそうだ。逃げるなら酒肆の入口しかない。入口には屈強な用心棒がいるけれど、振り切れるだろうか。


「厠はどこだ」


「ああ、それなら……」


 朱老太婆が説明するあいだ隻眼せきがんは一度照勇に視線を向けた。だがとくに反応はない。

皿を持っていた手が小刻みに震えた。陶器がぶつかりあう音が耳障りだ。


「おれが持とう。子供の手には重すぎる」


 隻眼は照勇の手から皿を奪った。

 そのまま頭を殴られるのではないかと身構えたが、そんなことは起こらなかった。


「あら困ったこと。お客さまにそんなことさせられませんよ」


 朱老太婆が苦笑する。


「おれたちは客じゃない。金を落とさない厄介者だ。そうだろう?」


「あら、ま」


 隻眼はほかの卓子からも皿を拾い上げ、山積みの状態で厨房に向かう。

 どうやらバレなかったようだ。安堵の息をついた。


「あたしとしたことが顔に出ちゃってたのかねえ。思いのほか、親切でいい男じゃないか。今夜こっそりあたしの部屋に呼ぼうかしらねえ、ふふ」


 朱老太婆は隻眼の背を熱っぽい目で追う。

 そういえば弓月はどうしたのだろう。

 階段を見上げたが、そこにはいない。配膳をしているのかと思い、見渡したがどこにもいなかった。

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